そもそもニュースはどうやってつくられるのか? ニュースはなぜ必要なのか? 澤康臣さんの新刊『事実はどこにあるのか 民主主義を運営するためのニュースの見方』から抜粋してお届けします。東京医大で女性差別入試が行われていたというスクープの裏側に迫る第2回です。
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スクープがきっかけで「裏ルール」が消えた
東京医大の不正入試が報道されて5日後の8月7日、東京医大は東京都内で記者会見を開き、女性差別入試があったことを認めた。同大学常務理事の行岡哲男と学長職務代理の宮澤啓介が会見し、宮澤は「男女の格差を広げてしまい、本当に申し訳ない」と謝罪した。
読売新聞はそれから5日後、今度は同紙の独自調査に回答した76大学のうち8割近い59大学で、2018年の医学部の男子受験生の合格率が女子より高かったと伝えた。男子も女子も、受かりそうなギリギリのところを狙うことに変わりはないから合格率は本来変わらないはずだ。それなのに、男子だけ合格率が高い。偶然だろうか。男子受験生の合格率が過去5年連続で女子受験生より高い大学も多数あるという。そんな偶然があるのだろうか。
問題が次々に明らかになり、政府も調査に乗り出した。その結果、全国10の大学で女性差別など不適切な入試をしているか、少なくともその疑いがあるという報告を発表した。一方、大学関係の団体は入試での男女差別を厳禁した。文部科学省も大学入試の基本ルール「大学入学者選抜実施要項」を改め、性別、年齢、現役・既卒の別、出身地域などを理由にした格差を禁じる決まりができた。こうして、女性差別、浪人差別などは、大学入試としては一切認められないルールが確立した。
東京医大に不合格となった経験がある多数の女性たちが同大学などに損害賠償を求めて裁判を起こし、勝訴した。訴えた一人で、別の医学部に進学後医師となった長谷川麻矢は判決後の記者会見で「受験に限らず、女性が不当に差別されることを許さないで」と静かに呼びかけた。社会全体の議論が深まったともいえる。
情報は日の当たるところに置く
一方、女性差別入試を容認する立場の声も伝えられた。例えば大学関係者からで、「女性医師は辞める率が高い」からあまり増やすと現場に支障が起きるという。なぜ女性医師が辞めてしまうのかを調べ、改善するのが本筋のはずだが、「だから女性は医師にさせない」という対処法がまかり通り、入試裏ルールを生んできたことも、こうした議論の中で明らかにされ、市民の目にも分かってきた。
事実が公表され、詳細な情報が開示されること、表だって議論をすること。1930年代にアメリカ連邦最高裁判事として活躍したルイス・ブランダイスは情報公開や表現の自由、出版の自由を強く求めたことで知られ、「太陽光は最良の消毒薬」という格言を残した。情報は日の当たるところに置く、つまり公開し、暗闇つまり秘密にしない。特に社会の不正や社会問題の詳しい事実が公表され、みんなの目に触れることが解決に不可欠だということを、太陽光の滅菌力にたとえたものだ。
医学部女性差別入試も、問題点が明るみに出され、専門家をはじめ市民たちが正面から議論し、裏のルールは消え、その擁護者は立ち去る。そうして社会が前進した。
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事実はどこにあるのか
デジタル情報の総量はこの20年で1万6000倍になったが、権力者に都合の悪い事実は隠され、SNS上にはデマや誤情報が氾濫する。私たちが民主主義の「お客様」でなく「運営者」として、社会問題を議論し、解決するのに必要な情報を得るのは、難しくなる一方だ。記者はどうやって権力の不正に迫るのか。SNSと報道メディアは何が違うのか。事件・事故報道に、実名は必要なのか。ジャーナリズムのあり方を、現場の声を踏まえてリアルに解説。ニュースの見方が深まり、重要な情報を見極められるようになる一冊。