デビュー以来、アイドルグループのメンバー、母と娘、女友達など、さまざまな女性同士の関係を描いてきた真下みことさん。最新作の『わたしの結び目』では、中学二年生の女の子二人の、いびつな友情を描きました。
友情が恋愛よりも軽んじられてしまうのはなぜか、という違和感が作品の出発点だという本作。第一章の試し読みをお届けします。
昼休み、先生に呼び出されていたので職員室に向かった。職員室は一階の、玄関から少し歩いたところにあるので覚えやすい。中に入り、佐藤先生いらっしゃいますかと声をかけると、すぐに先生が出てきてくれた。
「うちの学校では職員室に入るとき、クラスと名前を言うことになってるから」
「そうだったんですね。気をつけます」
前の学校とは違うルールを、少しずつ頭に入れていく。
「クラスはどう?」
「みんな優しく話しかけてくれるので、これから慣れると思います」
大人が喜びそうなことを言葉にする。前の学校では、私は先生に信頼されている方だった。
「そう」
だけど佐藤先生は特にリアクションをすることもなく、親宛のプリントを封筒に入れて渡してきた。
「校舎のどこに何があるかは放課後、学級委員の三崎さんが案内してくれるから」
「三崎さん……」
「ほら女子テニス部の。ってまだわかんないか」
「ああ」
桃子って人だ。あの子、学級委員だったんだ。
「慣れないことも多いと思うけど、ちょっとずつ慣れていけば良いから。斎藤さんと森くんが同じ班だし、掃除当番もあるから」
「はい。ありがとうございます」
「プリント、親御さんに渡しておいてね」
先生はそう言って自分の席に戻っていった。昼休みはあと五分あったけれど、私も教室に戻ることにした。
あと五分しかないのに、教室には人があまりいなかった。一人で本を読んでいる子や、突っ伏して眠っている子はいたが、この場ですぐに話しかけるのはあまりよくない。もう少しあとでさりげなく話しかけよう。
そう思いながら席に戻り、もらったプリントを鞄にしまう。五時間目は数学なのでまた教科書を持ってないと伝えないといけない。
教室は、みんながいると狭く感じるけど、人が少ないと広く感じる。みんなの名前を少しずつ覚えないといけない。そう思っていても、なんだかずっと一人でも良いんじゃないかとも思ってしまう。私はまだ、あのことを忘れられない。
誰もこちらを見ていないのを良いことに、教室の中を歩いて探索してみることにした。教卓は空っぽ、黒板は消してある。今日の日直は田村さんという人らしい。先生の机を眺めると、後ろの棚に一輪の菊が飾られている。おじいちゃんが死んだときにも飾られていた、ふんわりと丸くて真っ白な菊。
このクラスで誰か、亡くなった人がいるんだろうか。
そんなことがぼんやりと浮かんだのと同時に予鈴が鳴り、クラスに人が戻り始めた。私は席に戻ってノートと筆箱を取り出し、先生に教科書のことを言わないといけないことを思い出した。
放課後、桃子ちゃんに校舎を案内してもらった。図書室と家庭科室は四階、音楽室と美術室、パソコン室は教室と同じ三階、理科室は二階、体育館とプール、ピロティに職員室、保健室や技術科室はまとめて一階にあるらしい。
「今日全部覚えられなくても、いつでも聞いてね」
頼り甲斐のあるお姉さんという雰囲気で、桃子ちゃんが笑顔を見せる。ありがとうと言いながら、私は瑠奈ちゃんのグループには入れないのかもしれないと感じていた。
桃子ちゃんにピロティを案内してもらうとき、昼休みはここで過ごす子もいるの? と聞いてみたら、そういう子もいるんじゃないかなと他人事のように返されたのだ。給食の時間、葵ちゃんはピロティにいることが多いと言っていて、今日一日過ごした感じでは、瑠奈ちゃん、桃子ちゃん、葵ちゃんの三人グループがこのクラスの中心の女子グループだった。だから桃子ちゃんも普段は昼休みをピロティで過ごしているはずなのに、彼女はその素振りを見せなかった。私に来てほしくないというような内容を昼休みに話していたのかもしれない。
それから数日様子を窺いながら過ごしてみたところ、葵ちゃんは給食と掃除の時間は話しかけてくれるものの、休み時間に話しかけてくれる感じはない。結局私は今のところ、昼休みは一人、教室で過ごすことになっている。そろそろどこかのグループに落ち着きたいが、他のクラスメイトも様子を窺っているので、お互いに意識はするけど何も行動をしないという状況が続いていた。
部活は女子テニス部の顧問の先生に相談しに行ったところ、来週から来てほしいと言われている。月水金の週三日で、曜日は違うけれど回数は前の学校と同じだった。