デビュー以来、アイドルグループのメンバー、母と娘、女友達など、さまざまな女性同士の関係を描いてきた真下みことさん。最新作の『わたしの結び目』では、中学二年生の女の子二人の、いびつな友情を描きました。
友情が恋愛よりも軽んじられてしまうのはなぜか、という違和感が作品の出発点だという本作。第一章の試し読みをお届けします。
金曜日になり、とりあえず一週間を終えられそうだと安堵していると、六時間目に佐藤先生が教室に来て、体育館に移動しますと言われた。全校集会があるらしい。
「廊下に男女一列ずつ出席番号順に並んでー」
なかなか立ち上がらない生徒を見て早くしなさいと先生が怒り、サトセン怖えと男子が笑う。教室の後ろ側を前に先生が生徒を並ばせている。私は最後尾なので、教室の前から出ることにした。
一番後ろに並び、先生が静かにしなさいと怒っているのを見ていたら、急に前にいた子が振り返って私を見た。目が合って数秒、お互い言葉を発さなかった。窪んだ目の二重幅は広く、奥二重の私には羨ましいくらい丸い目の女の子だった。
「……何?」
ようやく口を開くと、その子は私の胸元を見た。
「タイ、結び目が乱れてるよ」
「え」
私も自分の胸元に目を落とす。その子の赤いタイの結び目は私の固結びと違ってふっくらと柔らかそうで、結び目から出ているリボンは細く、形も左右対称だった。
「一年生が移動し終わって、CとDが行ったら移動するからねー」
佐藤先生の声が聞こえた。
「まだ間に合うから、わたしが結び直してあげる」
その子は私の結んだタイをほどいて真剣な表情になり、慣れた手つきでタイを操っている。
「前の学校ブレザーで、セーラー服着たことなかったんだよね」
「そうなんだ。……できた」
彼女が手を離すと、私とその子の結び方は全く同じになり、結び目もさっきより可愛くなった。
「ありがと」
「小林さんは転校してすぐだから知らないかもだけど、全校集会で体育館に行くときって服装検査も兼ねてて、髪型はもちろん、女子はセーラーのタイ、男子は学ランのカラーとか、そういうのを入口でチェックされるんだよ」
「あ、そうだったんだ」
「うち校則厳しいでしょ。体育教師に木谷って奴がいてね、今日の保健の先生とは違う嫌な先生で、そいつが入口に立ってるの。引っ掛かると放課後、職員室前の雑巾掛け。往復五回」
「え、最悪」
「だから、結び目はきれいにしておいた方がいいんだよ」
「B組移動始めまーす」
佐藤先生の声が聞こえると、その子はパッと前を向いて歩いていった。かなり長い髪の毛を一つ結びにした後ろ姿は、華やかではないけれど綺麗だと思った。
階段を降りて歩いて辿り着いた体育館の入口に先生は立っておらず、私は少し拍子抜けした気分で体育館に移動した。
タイを直してくれた女の子は時々私を振り返り、目が合うとニコッと笑って前を向き直す、ということを繰り返していた。もしかしたらこの子は少し変わった子で、あまり友達がいないのかもしれない。
全校集会の内容は来週から始まる挨拶運動についてで、生徒会長が原稿も無しに喋っていた。私も本当なら、前の学校で生徒会長に立候補しようと思っていたけれど、それももう叶わない。体育館の床は前の学校よりも傷が多く、私はスカート越しに大きな溝をなぞりながら話を聞いていた。
集会が終わると、三年生から順に教室に戻っていく。待つ間、また先ほどの女の子がこちらを向いた。
「ふふふ」
文字を一つずつ空気に配置するような発音で笑っているこの子の名前を知らないと気づいた。
「名前聞いてもいい?」
「いいよ?」
彼女は許可してくれただけで名乗ってはくれない。仕方なくもう一度名前を聞くと、
「わたしもリカって名前なの、小林さんと一緒」
「え、そうなの?」
まだクラス全員の名前を覚えていなかったが、同じ名前の子がいたのか。
「漢字は違うんだけどね」
「すご、偶然」
「ね! 自己紹介のとき、わたしもびっくりしちゃった」
何か言おうと思ったけれど何も出てこなかったので、私は話すのをやめた。そのうち先生によって立ち上がらされ、教室に歩き出したところで、リカちゃんは急にこちらを振り返り、
「嘘。本当は彩名って名前だよ。彩りに名前の名」
と笑い出した。
「嘘?」
聞き返した頃にはもう彼女は歩き出していて、私も急いで追いかけた。