デビュー以来、アイドルグループのメンバー、母と娘、女友達など、さまざまな女性同士の関係を描いてきた真下みことさん。最新作の『わたしの結び目』では、中学二年生の女の子二人の、いびつな友情を描きました。
友情が恋愛よりも軽んじられてしまうのはなぜか、という違和感が作品の出発点だという本作。第一章の試し読みをお届けします。
家ではお母さんもお父さんも三個下の弟の陸も新しい生活に慣れるので一杯一杯で、お互いのことを気にする余裕がなかった。買っておいたレトルトでそれぞれご飯を食べ、引っ越して初めての週末はただ寝て過ごした。
全校集会の日から気になっていた彩名ちゃんに話しかけたりしながらも、次の週には、私はクラスの上下関係をほとんど把握し終えていた。先週リカと名乗った彩名ちゃんはクラスで孤立しており、休み時間や昼休みは一人で過ごしてばかりだった。瑠奈ちゃんが話しかけてくれることはほとんどなく、桃子ちゃんに至っては水曜金曜と女子テニス部に仮入部したとき、校舎を案内してくれた人と同じ人だと思えないほどの冷たい対応だった。あとは私に話しかけてくれるのは葵ちゃんくらいで、隣の席の森くんとは教科書が無事届いてからは接点がなかった。
前の学校で渡された通知表には「一人でいる子を放っておけない責任感の強い子」と書かれていた。自分で言うのはおかしいのかもしれないが、私を表すのにぴったりの言葉だと思う。私はクラスで一人ぼっちの子を放っておくことがどうしてもできない。誰だって、一人は寂しい。だから救ってあげないといけない。誰かに優しくしているときの私のことが、私は好きなのだ。
だから、彩名ちゃんに話しかけることにした。最初は向こうも戸惑っていたけれど、本当は誰かと話したかったのだろう。次の時間割を聞いても「国語」と一言しか返してくれなかったのが、宿題のことも言ってくれるようになり、ついでにトイレに誘ってくれるようになった。
一緒にトイレに行くのも昼休みに教室で話すのも部活がない日にダラダラと喋るのも、彩名ちゃんには私しかいなかった。
金曜日の朝、初めての朝練から帰ってきたところを彩名ちゃんが待ち構えていて、そろそろちゃん付けするのやめてよと言われたので、私達は呼び捨てで呼び合うようになった。
昼休みは私から彩名の席に行かなくても彼女の方から来るようになったし、クラスでの私の立ち位置は彩名の隣で確定してきていた。部活では相変わらず桃子ちゃんが冷たいし、他の二年生とも少しずつ話すようにはしていたけれど、彩名と仲良くなるほどにはスムーズに行かなかった。
授業が終わり、佐藤先生にまた呼び出される。先生はいつも白いシャツを着ているのに、今日は薄いピンクのカーディガンを着ていた。
「学校は慣れた?」
「はい、まあ」
「部活動にも参加しているみたいだけど、特に問題はなさそう?」
仕事っぽい口調で先生は続けた。なので私も物分かりのいい生徒を演じ、先生を安心させてあげる。
ふと先生から目を逸らすと、職員室の窓際、スチール製の棚に、白い菊が生けられているのを見つけた。
「あ、菊」
「ん?」
先生が不思議そうにこちらを見る。形のいい眉毛と、いつもよりも太いまつげ。佐藤先生、マスカラなんて塗っているんだ。
「どうしたの?」
もう一度問いかけられて、菊のことを思い出す。教室の、先生の机の後ろにある棚に飾られていた、一輪の菊。
「教室にも菊が飾ってあったなと思って」
呟くように言いながら、先生の後ろにある花瓶に目線を移すと先生も振り返って、ああ、と納得したような声を出した。
「小林さんが転校してくる一ヶ月くらい前の話なんだけどね」
視線を感じた。目を合わせると、佐藤先生の眉毛が下がっている。
「うちのクラスの生徒が亡くなったの」
佐藤先生の黒目が揺れている。やっぱり今日はメイクが濃い気がする、と全然関係ないことを思った。先生がなかなか続きを話そうとしないので、私が話す番なのだろうかとおずおずと口を開いた。
「そうなんですね」
なんと言ったらいいかわからずに発したのは間抜けな、世間話でもするような緊張感のない声だった。
「小林さんの出席番号、三十七番でしょう。うちは三十六人のクラスなのに」
「そういえば……」
「その生徒の分は欠番になるから。最初にちゃんと説明しておけばよかったんだけど、転校早々に混乱させちゃったら申し訳ないと思って」
「なるほど」
出席番号のことなんて、言われて初めて気づいた。確かに私を合わせて三十六人のクラスであれば、元々は三十五人だったということだ。転校生の番号が最後になるとしても、三十六番でなければおかしいのだ。初めての転校で緊張もあり、少しも気づかなかった。
それから先生は声をひそめて、もう少し時間があるか聞いてきた。部活があると伝えると、顧問には言っておくので二階の進路室で待っててほしいと伝えられた。