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わたしの結び目

2023.04.27 公開 ポスト

6話 この子の黒目がどう移り変わるのか、近くで見たい。真下みこと

デビュー以来、アイドルグループのメンバー、母と娘、女友達など、さまざまな女性同士の関係を描いてきた真下みことさん。最新作の『わたしの結び目』では、中学二年生の女の子二人の、いびつな友情を描きました。

友情が恋愛よりも軽んじられてしまうのはなぜか、という違和感が作品の出発点だという本作。第一章の試し読みをお届けします。

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黒目がきれいな子だと思った。

全校集会のために廊下に並んでいると、いつもは感じない人の気配を後ろに感じた。振り返ると転校生の小林さんがいた。出席番号は渡辺のわたしが女子では最後だけど、転校生はさらに後ろになるんだ。

月曜に先生に連れられて挨拶しているのを眺めたきりだったので、こんなに近くで顔を見るのは初めてだった。ショートカットのよく似合う子だ。小林さんのショートカットは、女バスの子達のギリギリの長さを攻めたせいでぱつんと切られてしまっているショートとは違って、毛先の軽いおしゃれなショートカット。

奥二重の内側で長いまつげに縁取られた黒目は、ぬいぐるみの目につけるボタンみたいにつやつやと輝いていて、指でつまんでコンタクトみたいに取り出して、家の一番素敵な場所に飾りたいと思ったくらい。少しして、彼女の目は真実まみの目に似ているのだと気づいた。

「……何?」

小林さんの怪訝そうな目はさっきとは違って光を少し失っていて、それでもとっても美しかった。怪しまれてはいけないと慌てて口実を探し、彼女のタイの結び目があまりにも適当だということに気づく。左右で太さも違うし、長さだってバラバラだ。

「タイ、結び目が乱れてるよ」

「え」

自分のタイを確認するために俯いた小林さんのつむじは二つあった。さっきまで一言も話したことがなかったのに、わたしの中に小林さんの情報がたくさん増えていく。もっと、この子の黒目がどう移り変わるのか、近くで見たい。

「まだ間に合うから、わたしが結び直してあげる」

間に合うかもわからないのにそう言って、赤いタイをゆっくりとほどく。小林さんの唇が「あ」の形に開いている。二人きりの空間に閉じ込められたみたいに、クラスメイトの声も先生の声も、何も聞こえない。

クロスしたときに右側になる方を下にして少しだけ長く持ち、下から上に通す。左側のタイの向きを整えながら、そのまま右側のタイを左側のタイの上から巻きつけ、できた輪に右側のタイを通して結び目を作る。

「前の学校ブレザーで、セーラー服着たことなかったんだよね」

「そうなんだ」

途中で話しかけられたのでそっけない返事しかできず、心の中でごめんねと謝る。ラインがきれいに出るように向きを整えて、リボンになる部分を細く、真っ直ぐに伸ばす。

「……できた」

小林さんは自分の結び目とわたしの結び目を見比べて、ありがと、と言ってくれた。

「小林さんは転校してすぐだから知らないかもだけど、全校集会で体育館に行くときって服装検査も兼ねてて、髪型はもちろん、女子はセーラーのタイ、男子は学ランのカラーとか、そういうのを入口でチェックされるんだよ」

一度だけ、先輩が入口で注意されているのを見たことがあっただけだった。

「あ、そうだったんだ」

「うち校則厳しいでしょ。体育教師に木谷って奴がいてね、今日の保健の先生とは違う嫌な先生で、そいつが入口に立ってるの。引っ掛かると放課後、職員室前の雑巾掛け。往復五回」

これは見たことすらない、ただの想像。

「え、最悪」

でも小林さんはわたしを疑うことなく信じてくれて、それがとても嬉しかった。わたしは得意になって話を続ける。

「だから、結び目はきれいにしておいた方がいいんだよ」

言い終わったところでサトセンの声が聞こえたので振り向くのをやめ、移動が始まったのでそれに続いた。一つ前の皆戸さんは美術部で、天然パーマの長い毛を無理やり結んでいるからかヘアゴムに収まらなくて後れ毛というかはみ出た毛が多い。だけどこの子はださいから、先生に注意されない。

タイの結び目はきれいに、スカートは長く。髪の毛は耳の下で結ぶ。

先生に注意されるのは大体これくらいで、だけどそれが明確に生徒手帳に書かれているわけではない。手帳に書かれているのは「服装は華美にならないように」という一言だけで、それを先生達が勝手に解釈している。

あとは一年生の間は白いスニーカー、ローファーは禁止とか、細かな上下関係を決めるルールもあるけれど、それを小林さんに教える必要はない。二年からは原則、先生にさえ怒られなければなんでもいいのだ。

(写真:iStock.com/loveshiba)

体育館で座らされると、秋になって冷たくなった床がお尻を冷やしてくる。女子は体を冷やさないようにと保健の授業で習う割に、女子の制服は体を冷やすスカートで、暑がりの男子は長ズボンを穿いているのが面白い。

面白いね、と言葉にはせずに振り返って小林さんと目を合わせると、彼女は大人びた冷めた目でわたしを見ている。笑いかけて体を元に戻す。小林さん、やっぱり真実よりもきれいな目をしているのかも。

冷めた目をしているっていうのはそっけないとかではなく、くだらないことでいちいち一喜一憂するような無駄がないっていうこと。クラスの男子はいまだに小学生みたいな、感情がくるくると変わる熱い目を持っていて無駄が多い。瑠奈るなさんみたいな目立つ女の子達もそう。だけど中学二年の十一月にもなって熱い目を二つもつけていたら空気に冷やされて疲れちゃうから、小林さんは賢い。賢いっていうより、聡明っていうのかな。今日の国語で辞典をパラパラ開いていたら出てきた言葉。

集会が終わり、みんなが戻る間にも、わたしは小林さんの目を見たくて何度も後ろを振り返る。驚きも困りもしない小林さんが面白くて、むしろわたしが照れちゃって、ふふっと笑ってしまう。

「名前聞いてもいい?」

小林さんの口が動いた。唇を見てから、目に視線を戻す。

「いいよ?」

目を丸く開き、駆け引きをするように口元だけで笑う。

「えっと、それで名前は?」

少し困った表情を浮かべる小林さんは、冷めた目をしている小林さんよりもずっと魅力的で、わたしはもっとこの子を困らせたくなってしまった。

――小林里香です。前の学校ではテニス部に入っていました。よろしくお願いします。

彼女の自己紹介を思い出し、ちょっとした悪戯を思いつく。

「わたしもリカって名前なの」

口だけでなく目でも笑う。

「小林さんと一緒」

「え、そうなの?」

小林さんはすぐに驚いたような表情を浮かべ、きれいな目がくるくると踊るように動く。わたしは嬉しくなって、

「漢字は違うんだけどね」

と続ける。

「すご、偶然」

小林さんは完全に信じた様子で、元の冷めた目に戻っていく。

「ね! 自己紹介のとき、わたしもびっくりしちゃった」

そう言ってすぐに、サトセンに立ち上がるよう言われた。前の人が歩いたところで、わたしは急に後ろを振り返る。

「嘘。本当は彩名あやなって名前だよ。いろどりに名前の名」

驚いてすぐに疑って、最後にゆっくりと困惑した小林さんの表情の移り変わりは一瞬だったけれど、スポーツ中継用のスーパースローのカメラを使ったみたいに、わたしの目はその全てを捉えた。

困惑したときの顔をまた見られたのが嬉しくて前に向き直ると、皆戸さんは数メートル先を歩いていたので、わたしは慌てて彼女を追いかける。

「嘘?」

という小林さんの声が聞こえたけれど、聞こえなかったふりをした。困った顔をする小林さんは、普段の賢そうな様子と違って、とても可愛い。

放課後、小林さんはテニス部の葉月さんに連れられて、その手には体操着袋らしきものを持っていたので、女子テニス部に入ることにしたのだとわかった。帰宅部のわたしは何もすることがなかったので荷物をまとめ、家に帰るだけだった。

関連書籍

真下みこと『わたしの結び目』

転校生の里香は、クラスで浮いていた彩名と仲良くなるが、徐々に彼女の束縛がエスカレートする。彩名の親友が事故死したことを知った里香が死の真相を探るうち、「あの子を殺したのはわたしなんだ」と彩名に告白される。それを境に、持ち物がなくなったり、机に花瓶が置かれたり、不穏な出来事が里香に続く。「あの子の時と同じだ」と噂するクラスメイトたち。なぜ彩名は里香を追い詰めるのだろうか――。

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わたしの結び目

2023年4月5日発売の真下みことさん新刊『わたしの結び目』の試し読みをお届けします。

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真下みこと

1997年生まれ。早稲田大学大学院修了。2019年『#柚莉愛とかくれんぼ』で第61回メフィスト賞を受賞。2020年同作でデビュー。その他の著書に『あさひは失敗しない』『茜さす日に嘘を隠して』『舞璃花の鬼ごっこ』がある。

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