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わたしの結び目

2023.05.07 公開 ポスト

9話 今日はわたしと里香の呼び捨て記念日だ。真下みこと

デビュー以来、アイドルグループのメンバー、母と娘、女友達など、さまざまな女性同士の関係を描いてきた真下みことさん。最新作の『わたしの結び目』では、中学二年生の女の子二人の、いびつな友情を描きました。

友情が恋愛よりも軽んじられてしまうのはなぜか、という違和感が作品の出発点だという本作。第一章の試し読みをお届けします。

「りーかちゃん」

朝練終わりに葉月さんと教室に戻ってきた里香ちゃんに、大きく手を振る。

「じゃあまた、部活で」

里香ちゃんは葉月さんにそう言って、どうしたの、とわたしの席まで来てくれる。今日も昼休みはもちろんわたしと過ごすつもりだと、葉月さんにも遠回しに伝えてくれたみたい。里香ちゃんと同じ部活ってだけで葉月さんは少しいい気になっているから、里香ちゃんから伝えてくれて、わたしも助かった。

「あのね、わたし思ったんだけど」

「うん」

里香ちゃんは荷物を持ったまま前の山岸くんの席に座った。

「そろそろ、ちゃん付けやめない?」

「ああ、確かに」

「わたしのことは彩名あやなでいいし、わたしも里香って呼んでいい?」

ぎい、と椅子を引く音がしたのでその方向を睨むと葉月さんがいた。せっかく里香ちゃんとの幸せな時間なんだから、邪魔をしないでほしい。

「うん、彩名ね」

冷たい目が、こちらに向けられている。わたしだけを見ている。

「よろしくね、里香」

そう言って笑うと、ちょうど桃子さんが教室に戻ってきた。わたしはまだ里香と話していたかったけれど、彼女は自分の席に戻ってしまった。

女テニの上下関係とかもあるもんね。里香はまだ入ったばかりだし、わたしのことは気にしなくて大丈夫だよ。

そう心の中で思いながら振り向くと、里香は困ったように笑ってくれた。やっぱりわたし、この子の困った顔が大好き。

体育が終わったら、わたしが里香のタイをきれいに結んであげるんだ。

体中が幸せに包まれたような感覚になる。窓の外はよく晴れている。今日はわたしと里香の呼び捨て記念日だ。薄橙のカーテンが膨らんで、太陽の光が教室に差し込む。その光を浴びていると、世界中がわたし達を祝福しているように思えた。そんなに大げさに祝わなくてもいいのにと照れていると、クラスメイトが続々と登校してきて、サトセンが朝学活を始めた。

一時間目の体育はこの間の続きでダンスだ。わたしはダンスがとても苦手で、手と足が違う動きになるともうリズムすら取れなくなるのに、里香はそつなくこなしていた。二学期の終わりにグループごとに一曲発表をしないといけないなんて憂鬱でしかないけれど、里香と同じグループになれたから大丈夫。

「ファイブ、シックス、セブン、エイ、ワン、ツー……」

先生が手を叩いてカウントを出し、わたし達は決められた動作をそのまま行う。ダンスの良し悪しがわからないわたしにとっては、ラジオ体操と同じ感覚だ。

「みんなと動き合わせて、呼吸もね」

ツーエイト踊ったところで先生はそう言った。別に、名指しで叱られたわけじゃない。期間限定の講師として来ているあの先生は、わたしの名前すら知らない。だけど、先生はわたしの目を見てそう言った。黒染めしたような青に近い黒髪を、バレエの発表会みたいに後れ毛一つなく結んだ先生。この授業が終わったらいなくなる、今だけの先生。

「じゃあここまでを各自自主練で」

「はい、ありがとうございます!」

女バスの地味な子が、ここぞとばかりに体育会系ぶった返事をした。里香もそれに続いたので、わたしも嫌々お礼を言った。

(写真:iStock.com/west)

「先生は仕事で教えてるのにお礼言わなきゃいけないのっておかしくない?」

更衣室、端っこに追いやられたような定位置で、わたしは里香にこぼしていた。

「まあわからなくはないけど、仕事だろうが仕事じゃなかろうが、何かしてもらったときにお礼を言うのは悪いことじゃないんじゃない?」

「ええー」

「だってその方が、面倒じゃないでしょ」

「そうかなぁ」

体操着のズボンを下ろす前にスカートを穿く。こうすると下着を見られることがないので、女子更衣室では当たり前の光景。もしかして男子はお互いのパンツを見せ合っているのかな。見せ合うことはないとしても、見えちゃうことはあるのかな。

「でも女子だけダンスっておかしくない?」

わたしの不満は別のところに移る。

「わかる。男子はいいよね。ダンスだけじゃなくって、女子だけスカートだし。昔は家庭科も女子だけで、男子はその時間は技術の授業だったらしいよ」

「はんだごて、女子はやれなかったってこと? 昔の女子かわいそー」

「だからさ、これから変わっていくのかもよ」

知らんけどと言いながら、里香がタイを結ぼうとするのでその手を取り、わたしが結んであげる。わたしの言葉を否定せずに新しいことを教えてくれる里香にも、ちゃんとできないことがある。

「ありがとう」

里香はされるがままになっている。わたしに体を委ねている。

「できた」

わたし達は、タイの結び目がきっかけで仲良くなることができた。里香もそう思っているに違いない。そう考えると、女子だけセーラー服というのはそんなに悪いことでもないのかもしれない。

関連書籍

真下みこと『わたしの結び目』

転校生の里香は、クラスで浮いていた彩名と仲良くなるが、徐々に彼女の束縛がエスカレートする。彩名の親友が事故死したことを知った里香が死の真相を探るうち、「あの子を殺したのはわたしなんだ」と彩名に告白される。それを境に、持ち物がなくなったり、机に花瓶が置かれたり、不穏な出来事が里香に続く。「あの子の時と同じだ」と噂するクラスメイトたち。なぜ彩名は里香を追い詰めるのだろうか――。

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わたしの結び目

2023年4月5日発売の真下みことさん新刊『わたしの結び目』の試し読みをお届けします。

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真下みこと

1997年生まれ。早稲田大学大学院修了。2019年『#柚莉愛とかくれんぼ』で第61回メフィスト賞を受賞。2020年同作でデビュー。その他の著書に『あさひは失敗しない』『茜さす日に嘘を隠して』『舞璃花の鬼ごっこ』がある。

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