社会人にとって必須のスキルをひとつ挙げるなら、やはり「コミュニケーション力」ではないでしょうか。明治大学文学部教授で、テレビでもおなじみの齋藤孝さんの著書『大人の読解力を鍛える』は、行間を読む、感情を読む、場の空気を読む、想像力を働かせて相手の心情を察するといった、コミュニケーション全般のスキル向上をめざす社会人必読の一冊。その中から一部を抜粋してご紹介します。
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省略された何かを想像してみよう
いいえ私は さそり座の女 お気のすむまで 笑うがいいわ
言わずと知れた美川憲一さんの代表曲『さそり座の女』(斎藤律子作詞)、その歌い出しは、いきなり「いいえ」という言葉から始まります。
つまりこの「いいえ」は、その前にあるであろう「何か」を否定しているはず。そして、その何かが省略されていると考えられます。
では、一体何を否定しているのか。歌詞には書かれていない「いいえ」の前の何かを想像してみましょう。
単純に考えれば、間違った星座を言われて、それを否定する「いいえ」にも読めます。
「君、おとめ座でしょ?」
と聞かれたから、
「いいえ、違います。私はさそり座の女です」
と答えたのだと。確かにそう読めないこともありません。でも、もう少し突っ込んで想像すると、もっと違う解釈もできそうです。
歌詞全体を通して想像がつくのは、愛した男性に捨てられそうになっている女性の心情を綴っているということ。そして女性は「いやよ、私、別れない」という意思表示をしていることもわかります。
ここまで深い読み解きもできる
だとすると冒頭の「いいえ」は、別れ話を切り出した男性に向けて女性が発した「私は、そんなことを言われて素直に別れてあげるような都合のいい女じゃない」という意味での「いいえ」とも取れるでしょう。
だから、「あなたはあそびでも私は本気。絶対に別れない。地獄のはてまでついて行くわ」というストーカーまがいの恐ろしい決意宣言へとつながっていくわけです。
そう解釈した上で、最初の歌い出し部分を少し大げさに補足すると、
(もう別れよう)
(いやよ別れない。そんなに簡単に別れられるとでも思った?)
(君はそんな聞き分けのない女じゃないだろ?)
いいえ、(私はそんな女じゃない。だって)私はさそり座の女――
といった感じになるでしょうか。「星座が違います」より、こちらの解釈のほうがしっくりきそうだと思いませんか。
この曲は「いいえ」で始まり、「そうよ私はさそり座の女」と念を押してビビらせるおもしろい構成になっています。
『さそり座の女』は、「一時の快楽に溺れての浮気や不倫は、大きな代償を背負うハメになる危険をはらんでいる」という世の男性への教訓の歌でもある――。歌い出しの書かれていない行間を想像することで、こうした読み解きまでできるのです。
大人の読解力を鍛える
社会人にとって必須のスキルをひとつ挙げるなら、やはり「コミュニケーション力」ではないでしょうか。明治大学文学部教授で、テレビでもおなじみの齋藤孝さんの著書『大人の読解力を鍛える』は、行間を読む、感情を読む、場の空気を読む、想像力を働かせて相手の心情を察するといった、コミュニケーション全般のスキル向上をめざす社会人必読の一冊。その中から一部を抜粋してご紹介します。