「名前が出てこない」「昨日の夕飯は何だったっけ」「また同じ本を買ってしまった」……。年をとると、とたんに増えてくる「もの忘れ」の悩み。しかし、高齢者医療の第一人者・鎌田實さんは「人生の8割は忘れていいこと」だと言います。そんな鎌田さんが教える、面倒なことは忘れて、好きなことだけで生きるヒントがつまった『60歳からの「忘れる力」』より、心がスーッとラクになるメッセージをお届けします。
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もし死後の世界があったら……
あの世の存在を信じていますか? 魂は存在しているでしょうか?
いろんな考えの人がいていいと思っています。
つい最近も、あの世の話で盛り上がりました。『病院で死ぬということ』(文藝春秋)というベストセラーを書いた、緩和ケアの専門医・山崎章郎さんと対談しました。彼は大腸がんで、両肺に転移し、ステージ4と宣告されています。
インタビュアーはぼくだったのに、山崎さんが突然質問してきました。
「鎌田先生は自分が死んだあとのこと、考えたことありますか?」
「考えることはあるけど、ぼくは死後の世界はなくてもいいなと思っている」と答えました。
山崎先生は、終末期の患者さんにも「自分が死んだらどうなると思いますか?」と聞くそうです。すると、「宇宙から生まれたんだから、宇宙に還る」などと答えてくる。そんなとき、彼はこんな質問もすると言います。
「死後の世界があるとすれば、会いたい人はいますか?」
大半の人は、「お母さんに会いたい」「お母さんに迎えに来てほしい」と答えます。
そこから先が、緩和ケアの名医の言葉だと感心しました。
「じゃあ、お母さんにバトンタッチするまでは、私がお付き合いします」
この言葉で、患者さんはとても安心するのだと言います。
人生は一度きりだからおもしろい
その緩和ケアの名医も、以前は死後の世界に関心があったわけではないそうです。
「いままさに自分自身がステージ4のがん患者になってみると、死後の世界はあったほうがいいというか、あってほしいなと思うようになりました」
終末期に強く感じる「霊的な痛み」は、あの世があると思うことによって、少しだけ緩和されるのだと思いました。「これもありだな」と思いました。
ぼく自身も、魂の存在は信じていないのに、青森県の下北半島の霊場で、イタコに父親の魂を降ろしてもらったことがあります。沖縄まで、ユタやノロというシャーマンに会いに行ったこともあります。魂は信じないと言いながら、魂の存在を信じることで救われている人たちがいることも理解しています。
だから、患者さんのなかで、魂の存在やあの世を信じている人に対しては、その思いを受け入れ、在宅医療や緩和ケアの現場で命に伴走したいと思ってきました。
でも、自分自身の死について考えるときは、やっぱりあの世はいらないと思っています。あの世でまた新しい人生を生きなくてもいい。ニーチェのいう「永劫回帰」も、インド哲学の輪廻転生もいらない。一回かぎりで十分。
一回かぎりだから、いいことも嫌なことも、成功も失敗も、いいのだと思っています。ピンピン元気で一発勝負。そう思うようになったら、とても心が軽くなりました。
60歳からの「忘れる力」
「名前が出てこない」「昨日の夕飯は何だったっけ」「また同じ本を買ってしまった」……。年をとると、とたんに増えてくる「もの忘れ」の悩み。しかし、高齢者医療の第一人者・鎌田實さんは「人生の8割は忘れていいこと」だと言います。そんな鎌田さんが教える、面倒なことは忘れて、好きなことだけで生きるヒントがつまった『60歳からの「忘れる力」』より、心がスーッとラクになるメッセージをお届けします。