「赤ちゃんパンダの数え方は『1匹』? 『1頭』?」
NHK放送文化研究所・用語班には全国のNHK放送局からのことばの相談が日々集まります。時代とともに移り変わることばに、知識や見識を持ち寄って激論を交わし、限られた時間で答えを出すこの「ことばの専門家チーム」の名回答を厳選した書籍『NHKが悩む日本語 放送現場でよくあることばの疑問』より、一部を抜粋してお届けします。
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Q.「100歳をこえて生きる」という場合の「こえる」の漢字表記は、「越える」「超える」のどちらでしょうか。
A. 解釈によって、どちらも使えます。「越える」は、場所、時間、点などを通過するときに使い、「超える」は、ある一定の数量、基準、限度などを上回るときに使います。
100歳を通過点と考えれば「越える」になるでしょうし、長生きの基準と捉えれば「超える」になるでしょう。
放送現場からの問い合わせの中で日常的に多いのが、「こえる」の漢字表記を「越える」とするべきか「超える」とするべきかという相談です。最近寄せられた具体的な事例を見てみると、以下のようなものがありました。
(1)外交としてこえられない一線。
(2)年齢が60歳をこえる。
(3)世代をこえて受け継がれてきた……
(4)不安な時代をこえて……。
「こえる」の中でも、「峠を越える」などは慣用が定着していますが、「越」と「超」は意味のかなりの部分が重なり合っているため、上記の(1)~(4)のように、文脈によっては「越」と「超」のどちらで書き表したらいいか迷うことがあります。
「越える」と「超える」の使い分けについては、放送用語委員会(1993年2月)で審議され、放送では、下記のように使い分けることにしています。
傾向として、抽象的なものには、「超」が当てはまることが多いようです。また、一般的に「勝ち越す」「乗り越える」などのように他の動詞と複合する場合は「越」になります。
以上をもとに考えると、(1)は「一線」というラインをこえるので「越」、(2)は「超」も使えますが、「60歳」を「60の坂」など通過点と捉えれば「越」となるでしょう。(3)は「世代にとらわれない」「上回っている」と考えれば「超」でしょう。また、(4)は、「不安な時代が過ぎ去って」と捉えれば「越」、「不安な時代を超越(克服)して」と捉えれば「超」、というように解釈によって両方あり得ます。
こうした「越える」と「超える」の使い分けについては、文化審議会国語分科会も平成2(2014)年の「『異字同訓』の漢字の使い分け例(報告)」の中で同様の見解を示し、新聞・放送のマスコミ各社もほぼ同じ考え方をとっています。
ちなみに、現代日本語の書き言葉の縮図とも言える『現代日本語書き言葉均衡コーパス』(BCCWJ *¹)を使って、世の中での「越える」「超える」の使われ方を調べてみると、「超える」が全体の6割を超え、使われる場面が多いことがわかりました(「超える」6%、8036件。「越える」3%、4029件。「こえる」6%、809件)。
使用頻度の高いものを順に並べてみると、「越える」は「国境を~」をはじめ「何かを空間的に通過してこえる」という場合に使われ、「超える」は、数字や、助数詞が付いた数値と一緒に用いられることが多く、「ある決められた基準や枠をこえる」という場合に使われているようです。
放送において、漢字表記を「越える」にするか「超える」にするかは、意味や内容が伝わりやすい表記を選ぶようにし、「越」と「超」の両方のニュアンスを込めたいときや迷う場合は、ひらがなを使うという選択肢もあります。(滝島雅子)
*1 国立国語研究所が、現代日本語の書き言葉の全体像を把握するために構築した日本語の大規模データ(2011年公開)。1976年から2005年までに刊行された出版物などを対象とし、1億430万語のデータが収録されている。ここでは、国立国語研究所とLago言語研究所が開発したNINJAL-LWP for BCCWJを利用。
NHKが悩む日本語
2023年4月19日発売『NHKが悩む日本語 放送現場でよくある ことばの疑問』(NHK放送文化研究所・著)の最新情報をお知らせします。