「赤ちゃんパンダの数え方は『1匹』? 『1頭』?」
NHK放送文化研究所・用語班には全国のNHK放送局からのことばの相談が日々集まります。時代とともに移り変わることばに、知識や見識を持ち寄って激論を交わし、限られた時間で答えを出すこの「ことばの専門家チーム」の名回答を厳選した書籍『NHKが悩む日本語 放送現場でよくあることばの疑問』より、一部を抜粋してお届けします。
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Q. 最近、「歩きながら食べる」の意味で「食べ歩き」を使っている例をよく耳にします。正しい使い方でしょうか?
A. 「食べ歩き」は、本来は「土地の名物料理やめずらしい食べ物などをあちこち食べてまわること」(『日本国語大辞典第二版』小学館)の意味で使うことばです。
「食べ歩き」は、本来、上記の辞書にあるような意味で使われるのが一般的です。旅行雑誌やテレビの旅番組でも、「食べ歩きの旅」などがたびたび特集されますし、観光地でよく見かける、いわゆる「食べ歩きマップ」(おすすめの飲食店を地図にしたもの)は、観光客になるべく多くの店で地元の味を楽しんでもらうためのアイデアとして定着しています。こうした使い方の「食べ歩き」は、一般的には「あちこちの店で食べて歩くこと」だと考えてよいでしょう。
もともと「食べ歩き」は、複合動詞「食べ歩く」が名詞になったものです。「食べ歩く」は、「食べる+歩く」と捉えることができますが、日本語の複合語では、「うしろに来るほう(太字部分)が主要部である」という原則があります。つまり、この場合は、「歩く」が主要部となり、焦点が「歩くこと」に当てられているため、意味は「あちこちの店で食べて歩きまわること」になるのです。
例えば、「歩きながらたばこを吸うこと」は、「たばこを吸うこと」に焦点が当たっているので「歩きたばこ」になりますし、「立ち読み」「立ち食い」なども「立ったまま読む」「立ったまま食べる」と、うしろに来る動詞である、読むこと、食べることに焦点が当たっています。
しかし、最近、街なかやイベント会場などで、テイクアウトして歩きながら食べられるスナック類やお菓子が注目され、「食べ歩きにおすすめのスナック」などと言われることがあります。
ここでなされている行動は「歩きながら食べる」ということであり、焦点が「食べる」ことにあると考えれば、「歩き食べ」とでもすべきところでしょう。
『日本国語大辞典第二版』を調べると、本来の「食べ歩き」「食べ歩く」ということばについては、戦前・戦中に使われた用例が載っています。『NHK日本語発音アクセント辞典』(NHK出版)には、1985年発行版に初めて立項され、旅やグルメの特集記事や番組を通して、すっかりおなじみのことばとなりました。
そして現在、昔は行儀が悪いと敬遠された「歩きながら食べること」が一つのスタイルとして流行するのに合わせて、耳慣れている「食べ歩き」に新しい意味を持たせて使うようになったのでしょう。
観光地によっては、従来の「食べ歩き」をすることは歓迎しつつも、衛生面の配慮から「歩きながら食べること」(つまり「歩き食べ」)は禁止しているところもあります。やむを得ず新しい意味でこの語を使うときは、誤解や混乱を招かないように、言い添えや前後の文脈を工夫することが必要です。(滝島雅子)
NHKが悩む日本語
2023年4月19日発売『NHKが悩む日本語 放送現場でよくある ことばの疑問』(NHK放送文化研究所・著)の最新情報をお知らせします。