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事実はどこにあるのか

2023.04.16 公開 ポスト

「記者になんか話したくない」が「この記者になら話したい」に変わる瞬間澤康臣(ジャーナリスト・専修大学教授)

東京医大の不正入試を報じるスクープがきっかけで、他の医大でも同様の入試が行われてきたことが明らかになり、大学入試における浪人差別・女性差別を一切認めないというルールが確立しました。記者は、この社会を動かしたニュースをどう取材したのか。澤康臣さんの新刊『事実はどこにあるのか 民主主義を運営するためのニュースの見方』から抜粋してお届けします

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取材は「話してもらえない」ところから始まる

そんな変化につながった報道は、どうやって取材したのか。このとき読売新聞社会部デスクとして報道を取りしきった渡辺晋(しん)(現・同紙ロサンゼルス支局長)に話を聞いてみた。

差別入試という事実をつかんだきっかけは、当時既にどのメディアも取材していた東京医大と文部科学省の贈収賄事件だった。文部科学省が私大を支援する事業の対象として選んでほしかった東京医大理事長の臼井正彦、学長の鈴木衛が、文科省の官房長だった佐野太に賄賂として佐野の息子の裏口入学を持ちかけたという疑いで東京地検特捜部が捜査し、注目されていた。

(写真:iStock.com/Liudmila Cherntska)

不正な賄賂の受け渡し、つまり贈収賄という大きな事件であり、事件発覚時に佐野は文科省の局長というさらに枢要な役職にあったから、どの報道メディアも深く広く報道しようと多数の関係者に取材をしていた。読売新聞もそういう取材をする。渡辺は話す。

「東京医大の人間、文科省局長の周辺の人間、局長と東京医大をつないだ仲介者の周辺、それらを徹底的に回りました。ほかに裏口入学はなかったのか。政治家が絡んでいるという話もあったから、それは誰なのか」

この「回る」とは記者がよく使う言葉だが……具体的には?

「大学職員に取材したいからといって、職場に行って話を聞かせてくださいと言っても、聞けることは当たり障りのないことに限られます。(本当のことを話してもらうには)記者に会っていることを周囲に分かられないようにする方法が必要です。かといって電話をかけて『場所を決めて会いましょう』と言っても会ってくれる人はまずいません」

それはそうだ。自分の勤務先が贈収賄事件という大きな問題に見舞われ、大揺れになっているのだ。いくら真相を知っていても、記者に喜んで話そうという人はそうはいないだろう。

「ではどうするか。自宅周辺で待ったり、自宅では迷惑だったら最寄りの駅で待ってみたり、そういうことをやります。そういう場所でないと、本当の話は聞けません」

上司も同僚もいるところで、自分の所属する組織の問題点を話すなんてできるはずがない。記者と接触したということ自体、知られるわけにいかない。記者から見れば、人知れず接触しなければ、相手を守れないということになる。だが、そうしたとしても急に訪問した記者に真相を話すというわけでは……。

基本は話さないですよね」

渡辺はあっさり言う。それはそうだろう。人間、誰だって記者に急に接近されれば、警戒心が先に立つ。

「これだけの騒ぎになっている事件ですから、(あらゆる関係者のところに)何社も来ている。何社もいるところで話すわけないですし、知らない人に大事なことは話さない

新聞がいかに社会にとって大事なことを報じているのかを分かってもらう

ではどうするのか。

「何度か通ってみます。例えば土日だったら他社は来ていないかもしれない。こちらもプライベートな時間を削りながらですが、何度も通ううちに、大事な話を聞けることがあります。聞けないこともありますが……それがどこまでできるかは記者のモチベーションにもよります」

(写真:iStock.com/artisteer)

そうやって何度も接触するうちに話す人が出てくる。

「あらゆる取材でそうです。突然話し出す人も、徐々に話していく人もいる。ケースバイケースです」

ケースバイケース……確かにその通りだ。私の記者経験でも、取材しながら「えっ」と思う、会話の歯車が回り始める瞬間がある。そんな瞬間にはいったいどうすれば出合えるのか、とも思う。

「やはり、相手に共感してもらえないと話してもらえないです。いかに共感してもらえるか

共感……というと、記者も真面目に、一生懸命やっていると理解してもらう?

「それも一つですが、あとは新聞がいかに社会にとって大事なことを報じているのかを分かってもらうとか、ここ(のメディア)に報じてもらうなら間違いないとか、いろいろ話してこの記者だったら信頼できるからここまで話していいとか……あらゆる取材に当てはまります」

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この続きは『事実はどこにあるのか 民主主義を運営するためのニュースの見方』でお読みください。

関連書籍

澤康臣『事実はどこにあるのか 民主主義を運営するためのニュースの見方』

デジタル情報の総量はこの20年で1万6000倍になったが、権力者に都合の悪い事実は隠され、SNS上にはデマや誤情報が氾濫する。私たちが民主主義の「お客様」でなく「運営者」として、社会問題を議論し、解決するのに必要な情報を得るのは、難しくなる一方だ。記者はどうやって権力の不正に迫るのか。SNSと報道メディアは何が違うのか。事件・事故報道に、実名は必要なのか。ジャーナリズムのあり方を、現場の声を踏まえてリアルに解説。ニュースの見方が深まり、重要な情報を見極められるようになる一冊。

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事実はどこにあるのか

デジタル情報の総量はこの20年で1万6000倍になったが、権力者に都合の悪い事実は隠され、SNS上にはデマや誤情報が氾濫する。私たちが民主主義の「お客様」でなく「運営者」として、社会問題を議論し、解決するのに必要な情報を得るのは、難しくなる一方だ。記者はどうやって権力の不正に迫るのか。SNSと報道メディアは何が違うのか。事件・事故報道に、実名は必要なのか。ジャーナリズムのあり方を、現場の声を踏まえてリアルに解説。ニュースの見方が深まり、重要な情報を見極められるようになる一冊。

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澤康臣 ジャーナリスト・専修大学教授

1966年岡山市生まれ。東京大学文学部卒業後、共同通信記者として1990~2020年、社会部、外信部、ニューヨーク支局、特別報道室で取材。タックスヘイブンの秘密経済を明かしたパナマ文書報道のほか、「外国籍の子ども1万人超、就学の有無把握されず」「虐待被害児らの一時保護所が東京・千葉などで受け入れ限界、定員150%も」「戦後主要憲法裁判の記録、大半を裁判所が廃棄」などを独自に調査し、報じた。2006~07年、英オックスフォード大ロイター・ジャーナリズム研究所客員研究員。2020年四月から専修大学文学部ジャーナリズム学科教授。著書に『グローバル・ジャーナリズム 国際スクープの舞台裏』(岩波新書)、『英国式事件報道 なぜ実名にこだわるのか』(文藝春秋)などがある。

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