体を動かしたくなる気持ちのいい季節。フィットネスクラブや自宅筋トレで、賢く体を鍛えるにはどうすればよい?
プロアスリート界でその名がとどろくカリスマトレーナー・清水忍氏の書籍『ロジカル筋トレ』(幻冬舎新書)から、今回は上肢の筋肉を効率よく鍛える方法を公開します。
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なぜ腕の太いピッチャーは少ないのか
野球選手はたいてい体をこれでもかというくらいに鍛えている。もちろん筋トレに励んでいる選手も多い。だが、みなさんは「腕の太いピッチャーはほとんどいない」ということをご存じだろうか。
腕の太いピッチャーが少ない理由。それは、腕の筋肉を太くすると投げるのに不利になってしまうからだ。
野球をあまりご存じない人は「腕を太くしたほうがたくさん力が入って剛速球が投げられるんじゃないの?」と思うかもしれない。
でも、違うのだ。
筋肉はけっこう重い組織なので、腕の筋肉を太くすると「重いものを振り回す」というかたちになってしまう。投げるたびに重い腕を振るのはかなりのエネルギーロスになるし、肩やひじにかかる負担も大きくなるため故障もしやすくなる。
私はトレーナーとしてプロ野球選手を指導することが多いが、これまでピッチャーに対しては腕を鍛えるトレーニングはまったく行なったことがない。アームカールやプレスダウンなどもゼロ。もちろん菊池雄星投手に対しても、腕のトレーニングは1秒も行なわなかった。
では、腕を鍛えずにどこを鍛えるのか。
それは、肩周りや背中の筋肉、肩甲骨周り、体幹、それと、尻や足などの下半身だ。
そもそも、ピッチャーは「ムチ」のようなものだ。ムチはグリップのほうが太く、先端に行くにしたがって細くなっている。
太い根元で生み出した力をピュッとしならせて、細くて軽い先端へとスピーディーに伝えているからこそ、ムチ先に力を結集させて「パチン!」と打つことができるわけだ。
つまり、ピッチャーの腕や手はムチ先であり、この部分は軽くて細いほうがいい。根元で生み出した爆発的な力を伝えられるだけの強度があれば十分で、このためたいていの投手は腕を鍛える必要はないのである。
これに対し、力を生み出す根元のほうは、しっかりと筋肉を鍛えなくてはならない。爆発的な力を生み出すためにピッチャーがいちばんに鍛えなくてはならないのは、足や尻などの下半身だ。
私はいつもピッチャーに対しては「足の力を上手に使って投げろ」と言っている。すなわち、足腰の筋力をつけ、その足の力で強く地面を踏み込み、踏み込むことによって得られた反作用エネルギーを上半身へ伝えていくことによって、全身をムチのようにしならせて投げるのである。
また、足や尻で生み出した爆発的な力をスムーズに連動させていくには、ブリッジ役となる体幹の筋肉も鍛える必要があるし、「ムチ(腕)を振るグリップ部分」に相当する胸や肩、背中の筋肉も太く鍛えていく必要がある。
これらの筋肉を鍛え上げて力をしっかり連動させて体をしならせることができれば、細いムチ先からうなるような剛速球を繰り出せるということになるわけだ。
「見た目」か「機能」、鍛える目的はどちらなのか
野球と同じように、腕の筋肉を鍛えるよりも下半身の筋肉を鍛えるほうがパフォーマンス向上につながるスポーツ種目はたくさんある。テニス、卓球、ホッケー、ゴルフだってそうだ。
そこで考えてみてほしい。腕をあまり鍛えるべきではないこういったアスリートが、上肢をトレーニングするおもしろさにハマり、上腕二頭筋や上腕三頭筋をものすごく太くしてしまったとしたらどうなるだろうか。
当然、その選手は下半身を使わずに腕の力だけに頼って競技をするようになっていき、自分本来のパフォーマンスを発揮できなくなってしまう可能性が高まるだろう。
もちろん、腕の筋肉を太く鍛えたほうがいいスポーツもたくさんある。相撲、格闘技、ラグビー、アームレスリングなど「かいな力」が必要な競技は、腕はもちろん、上半身も下半身もしっかり鍛えていく必要がある。
だが、スポーツの種目やその人の目的によっては、腕を太くたくましくしたいからといってやみくもにトレーニングをしていると、結果的に自分の競技パフォーマンスを下げるハメになりかねないのである。
胸、背、肩を鍛えた結果の副産物として腕が鍛えられることは問題ない。腕だけをわざわざ鍛える必要はないということだ。
とりわけ、運動部に所属して筋トレを行なっている学生などは、ひたすら腕や胸を鍛えてしまう傾向があるので十分に気をつけてほしい。
たとえば、野球部のピッチャーの場合、「女の子にモテたくて腕を太くしたけれど、その結果投球フォームが“手投げ”になり、打ち込まれることが多くなってレギュラーから降格されてしまった」なんていう話もよく耳にする。
そんなざんねんな結果を招かないためにも、上肢を鍛える際は、自分の目的をしっかり捉えたうえでトレーニングをしなくてはならないのである。
ボディメークの人が「見た目向上」のために筋肉を鍛えるのと、アスリートが「身体機能向上」のために筋肉を鍛えるのとでは、「鍛えるべき筋肉」も「とるべきトレーニング方法」もまったく違ってくる。
同じ大胸筋を鍛えるにしても、ボディメークであれば大胸筋を厚く大きくするトレーニングを積むことがむしろ重要だし、アスリートであれば大胸筋だけでなく背中や体幹の筋肉も一緒に鍛えて連動性を高めていかなくてはならないことになる。
だから、両方とも手に入れようと欲張らずに、自分の目的をはっきりさせて「見た目」か「機能」かのどちらかに絞っていく姿勢が大事なのである。
かつてプロ野球のある有名打者が、「肉体改造」と称して筋トレで上半身をガチガチに鍛え上げた。ただ、そうやってつけた筋肉はバッティングに必要なものではなかった。
単に筋肉が太くなっただけで、全身の連動性を高めるための筋肉ではなかったために、重さを増した上体を扱いきれず、しょっちゅう肉離れなどの故障を起こすようになってしまった。
これなどは「見た目」と「機能」の両方とも追い求めてしまったことが裏目に出て、結果的に選手寿命まで縮めてしまったケースと言えるのではないだろうか。
こうしたアスリートはいまの時代でもわりといる。私はこれまで多くのアスリートを見てきているが、自分の身体機能向上を追求してストイックにトレーニングしてきたような人でも、やはり「見た目」も気になってしまうのか、ついつい“不必要な見せ筋”まで鍛えてしまっている場合が少なくない。
思い当たるアスリートのみなさんは、自分が上半身の筋肉を鍛えている目的をいま一度振り返り、くれぐれもあまりデコレーションしすぎないよう注意していくべきだろう。
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