吉永小百合さん主演映画「いのちの停車場」の続編小説『いのちの十字路』は、在宅での介護をテーマにした感動の連作長編です。主人公は、映画で松坂桃李さんが演じた、野呂誠二。医師国家試験に合格して金沢の「まほろば診療所」に戻ってきた彼が、さまざまな介護の現場で奮闘します。
8050問題、老老介護、認知症、ヤングケアラー……。『いのちの十字路』で綴られる、介護の現場のリアルを、登場人物の言葉とともに、ご紹介していきます。
妻の認知症を認めたくない夫。
「第四章 正月の待ち人」
妻(70代)の認知症の症状を認めず他人の手も借りたくない、大腸癌の手術をしストーマをつけて生活している夫(70代)。
【あらすじ】
10年前にストーマ造設手術をした信彦さんは、最近自分でのパウチの付け替えがおぼつかなくなってきた。妻の美雪さんは野呂や麻世から見たら明らかに認知症の症状が出ている。しかし、信彦さんはそのことを認めようとしないし、仮に認知症だとしても、治療を受ければ治ると信じている。家族会のサポートを受けるよう促しても、頑なに拒まれる。ある雪の朝、美雪さんが裸足で街を徘徊してしまい……。
夫・信彦
「妻はそんなにおかしいですかね。そこまでおっしゃるなら、検査は受けましょう。で、薬を飲めば治るんですか?」
野呂
「認知症は、今の医学では治療困難な病気です。以前の状態に戻そうと考えるよりも、病気とともに安全で快適に暮らせる方法を考える方が現実的です。将来は施設への入所も検討した方がいいでしょう」
信彦
「先生、そんなに先のことよりも、まずは家でできることをやってください。いずれ私が妻の面倒を見られなくなれば、一緒に施設に入るしかないとは思ってますが」
野呂
「福田さんには、ご自分のストーマ管理という大切な仕事もあるんですよ。奥さんのことは家族会のメンバーの知恵を借りてみたり、公的な介護も検討したりできる。もっと楽に生活できる工夫をしませんか?」
信彦
「野呂先生! お言葉を返すようで申し訳ないのですが、楽に生きようなんていう考えは、私にはないんです」
「美雪はですね、私のために家を守ってくれました。だから妻のことは、私が責任を持って最後まで看ます。他人様に聞いてもらう悩みなど、ないです」
信彦
「一番つらいのは、この病気が治らない、進行が止まらない、ということなんですよ。遠い先のことなんていい。今、この時点で、私は美雪と二人だけの静かな時間を過ごしたい。わざわざ診断なんか受けて、絶望したくないんです」
信彦
「病気を恥だと思っていたんですけれど、そうじゃない。自分が癌だ、ストーマだ、などと他人に話すなんて、これまでは考えられませんでした。妻の認知症についても同じです」
白石先生
「生きていれば、誰にでもいろいろなことが起きます。病気も当たり前のことです」
いのちの十字路
吉永小百合主演映画『いのちの停車場』原作続編!
老老介護、ヤングケアラー、8050問題……。介護の現場で奮闘する若き医師とその仲間たち。