低賃金、貧困、引きこもり、孤独死、自殺……残酷な世界の現実と、「やればできる。私は変われる」といった自己啓発の福音から離れ、幸せの掴み方を探った名著『残酷な世界で生き延びるたった一つの方法』(橘玲著、幻冬舎文庫、2015年刊)。今なお衝撃の本書から、試し読みを一部お届けします。成功哲学はたった二行——伽藍を捨ててバザールに向かえ。恐竜の尻尾のなかに頭を探せ——、この秘密を解き明かす進化と幸福をめぐる旅へようこそ。
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年功序列と終身雇用を柱とする日本的経営にはいろんな問題があるとしても、総体として見れば、社員(サラリーマン)を幸福にするシステムだ。成果主義は労働者の競争を煽り、職場の協調性を破壊し、仕事のやりがいよりも効率を優先する──。これが労働政策を語る際の常識(ドグマ)で、ぼくもずっとそれを信じてきた。だから、日本の企業研究の泰斗、小池和男の『日本産業社会の「神話」』(日本経済新聞出版社)を読んだときは仰天した。
その驚きをわかってもらうために、まずは図4‐1を見ていただきたい。アメリカの学者によってバブル最盛期の一九八〇年代後半に行なわれた、仕事の満足度に関する日米比較調査のいくつかの項目をグラフ化したものだ。おそらくほとんどのひとは、日本とアメリカのデータがすべて逆になっていると思うだろう。それほどこの調査結果は衝撃的で、ぼくたちの「常識」を根底から覆す。
リンカーン(カリフォルニア大学)とカールバーグ(サウスカロライナ大学)によるこの調査は、日本の厚木地区と米中西部インディアナポリス地区の製造業七業種の労働者それぞれ四〇〇〇人あまりを対象とした大規模なものだ。彼らは、日本とアメリカの仕事観にきわだったちがいがあることを明らかにした(ここでは、全一三項目の質問のうち四項目を引用する)。
「結局のところいまの仕事にどれほど満足ですか」との質問に対し、満足との回答は米で三四・〇%、日本はその半分の一七・八%。不満は米ではわずか四・五%に対し、日本はその三倍の一五・九%にのぼる。
「あなたの友人がこの会社であなたのような仕事を希望したら、あなたは勧めますか」の質問には、米では六三・四%が友人に勧めると答えたのに対し、日本はわずか一八・五%だけだ。逆に勧めないと答えたのは、米が一一・三%、日本が二七・六%だ。
「いまあなたが知っていることを入職時に知っているとして、もう一度この会社のいまの仕事につきますか」の質問では、「もう一度やりたい」との回答は米ではじつに六九・一%、日本は二三・三%と三分の一にすぎない。「二度とやりたくない」は、米ではわずか八・〇%だが、日本は三九・六%と回答者の四割にものぼる。
「いまの仕事は、入職時の希望と比較して合格点をつけますか」に対しては、合格点は米三三・六%に対し日本はわずか五・二%にすぎない。否定にいたっては米の一四・〇%に対し、日本は六二・五%と過半数を超える。
もういちど繰り返すけれど、これは雇用崩壊が騒がれるようになった最近の調査結果ではない。八〇年代は日本企業が世界に君臨し“ジャパン・アズ・ナンバーワン”と呼ばれた時代であり、一方のアメリカでは、家族経営を信条としていたIBMやコダック、AT&Tなどの大企業が次々と大規模なリストラに追い込まれていた。それにもかかわらず、アメリカの労働者のほうが日本のサラリーマンよりもはるかに仕事に充実感を持ち、会社を愛し、貢献したいと思っていたのだ。
「日本的経営は社員を幸福にする」という、誰もが信じて疑わない「常識」はでたらめだった。日本人は、むかしから会社が大嫌いだった──。驚天動地とは、まさにこのことだ。
※同書では、一九八四年から二〇〇〇年にかけて四回行なわれた電機連合の一四ヶ国比較調査においても、常識(神話)に反して、日本のサラリーマンが会社に対してきわめて冷めた感情を持っていたことが示されている。
残酷な世界で生き延びるたったひとつの方法
貧困、格差、孤独死、鬱病、自殺……世界はとてつもなく残酷だ。しかし絶望は無用。生き延びる方法は確実にある。「努力すれば夢は叶う」と鼓舞する自己啓発書は捨てて、幸福の秘密を解き明かす進化の旅に出かけよう! 橘玲氏の原点と言える代表作。