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 当時21歳くらいだった私は、悪いことも恥ずかしいこともしていたけど、そしてきっといつかツケがまわってくる、くらいには思ってたけど、その罰ってもっと単純なものだと思っていた。先生に怒られる、学校を退学になる、親に勘当される、そんなことは大して怖いと思っていなかった。あとは例えば、簡単に稼いだオカネは簡単になくなっちゃう、とか、調子に乗ったところで悪い男に騙される、とか、そういう因果応報的な罰なら、いくらでもどんと来い、くらいに思っていた。

 しかし私たちを罰するのはいつだって、都議会でも学校でも会社でもなく、私たちにとって捨てがたい大好きな人だったりする。自分のオンナがあからさまに女を売っているのに気づいたときのオトコの反応って、なかなかすごい。嫌悪と批判、怒りと自責、悲しみと興奮、存在と時間、構造と力、いとしさとせつなさと心強さと。ふざけているわけではない。言いがたき強い感情を、彼らは抱えきれなくなっていろいろな行動を起こす。ゲロ吐いたり別れたり束縛したり殴ったり付け回したり。私は夜界隈のオンナの子の彼氏たちの、あるいは自分の彼氏の、そんな姿を何回も見た。フェイスブックで自分の出演するAVを友達にばらまかれた子、キャバクラの前で包丁を持った彼氏に遭遇した子、自分の勤めていた風俗店が入るビルの前の道路で彼氏に自殺未遂された子。

怖いのは、ルールや世間体なんかよりもっと強固で、もっと生理的で、もっと普遍的な何か。

 私たちは100万ドルの価値がある身体を、資本主義的目的遂行のためにいつでも市場にさらすことができた。それはオカネだけじゃなく、他のものじゃ代えのきかない時間を私たちに与えてくれた。キャバクラのアフターでテキーラ15杯、とか、AV撮影現場で腹筋大会、とか、シャネル持って集合、カルチェ持って解散、とか。でも私たちは、結構罰せられて生きてきて、それは当然、都議会や学校や会社に罰せられることの数億倍痛い。どんなに偉いオヤジが、「魂に悪い」と言っても私たちはキズつかないけど、好きな人がゲロまみれになっている光景には、それなりにひるむ。

 問題は、そこで得られるオカネや悦楽が、魂を汚すに値すると思えるかどうかであって、いいか悪いかではない。好きな人にゲロ吐かせてまで手に入れたいものだって、私たちにはあると思う。言い換えれば、少なくともそれに値すると思えないんであれば、そんなはした金、受け取らないほうがいい。
 

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お乳は生きるための筋肉です~夜のおねえさんの超恋愛論~

私はお嬢様で東大院卒でFカップで、その他もろもろの経験も豊富で収入もまあまああるのに、全然幸せじゃありません。恋で得たものと、恋で失ったものをひとつずつあげていけば、確実に後者が前者を凌駕する人生を歩んできました。まわりの夜のおねえさん方や昼のおねえさん方を見渡せば、不思議とそんな方々ばかり。恋愛でほんとうに幸せになれるのか。オカネで買えない幸せなんかあるのか。この連載で究めてみたいと思います。

→鈴木涼美さんの新連載『愛と子宮が混乱中――夜のオネエサンの母娘論』はこちら

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鈴木涼美

1983年生まれ、東京都出身。慶應義塾大学卒。東京大学大学院修士課程修了。小説『ギフテッド』が第167回芥川賞候補、『グレイスレス』が第168回芥川賞候補。著書に『身体を売ったらサヨウナラ 夜のオネエサンの愛と幸福論』『愛と子宮に花束を 夜のオネエサンの母娘論』『おじさんメモリアル』『ニッポンのおじさん』『往復書簡 限界から始まる』(共著)『娼婦の本棚』『8cmヒールのニュースショー』『「AV女優」の社会学 増補新版』『浮き身』などがある。

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