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夫婦別姓 家族と多様性の各国事情

2023.05.28 公開 ポスト

ドイツでは「親同士」も「親子」も姓が違うのが普通田口理穂(ジャーナリスト、ドイツ語法廷通訳・翻訳士)

夫婦同姓が法律で強制されているのは今や日本のみ。

別姓が原則の中国・韓国・ベルギー、別姓も可能なイギリス・アメリカ・ドイツ、通称も合法化したフランス。各国で実体験を持つ筆者達がその国の歴史や法律から姓と婚姻、家族の実情を考察し「選べる」社会のヒントを探る書籍『夫婦別姓 家族と多様性の各国事情』より、一部を抜粋してお届けします。

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別姓、同姓、片方だけが連結姓、の3つの選択肢があるドイツ

2021年秋まで16年間首相を務めたアンゲラ・メルケル(67歳)は夫婦別姓である。実はメルケルという姓は、東ドイツ時代に23歳で学生結婚したときの元夫の姓。5年後に離婚したが、物理学の博士号を持つ研究者としてキャリアを積んでいたため、旧姓に戻さなかった。45歳で再婚した際に別姓としたが、メルケルがもし新しい夫の姓に改姓していたら、今のようなキャリアが築けただろうか。再婚して7年後に首相となったが、旧姓使用での首相就任などありえただろうか。

長い間ドイツでも、結婚すると夫婦同姓が義務とされていたが、現在は別姓、同姓、片方だけが連結姓と3つの選択肢がある。これまでの流れと夫婦の姓をめぐる現状を考える。

(写真:iStock.com/william87)

ドイツ語協会の2018年発表の調査によると、結婚したカップルの姓は夫の姓による同姓が74%、妻の姓による同姓が6%、別姓が12%、連結姓が8%だった。

連結姓の場合、夫の姓を「家族の姓」とし、妻が連結姓にする場合が88%を占める。つまり連結姓は8%だから、女性の姓を「家族の姓」としたのは1%にすぎず、残りの7%は男性の姓を「家族の姓」としている。すなわち男性の93(74+12+7)%が姓を変えておらず、女性の19(6+12+1)%と比べると、圧倒的に多い。実際ドイツに住んでいて既婚男性のほとんどが姓を変えていない印象があったが、現実はその通りなのである。一方、女性の8割は変えている。それはなぜだろうか。

 

私の周りでも、男性の姓を選ぶ女性は少なくない。会社員として役職に就いて仕事をばりばりしている友人が30代半ばで結婚したとき、相手の姓にしたのには驚いた。しかし、そういう例は少なくない。理由は「結婚したのだと周囲にアピールしたい」「同じにするのが当たり前」をはじめ、「自分の姓より響きがいい」などさまざまである。中には「結婚することによって、新しい人生を始めるのだ」と言う人もいた。みな、うれしそうだった。誰かから強制されたわけでなく、自ら選んだのだから、とても幸せなことだと思う。

ドイツ人の結婚カウンセラーによると「自分のアイデンティティと同じくらい、所属や社会的要素を大事と考えている人がいるのでしょう」とのこと。社会生活の中で、結婚したら相手の姓になることが幸せという刷り込みが無意識のうちに浸透しているようだ。ドイツのグリム兄弟がまとめたグリム童話のシンデレラや白雪姫のように、白馬の王子様に望まれて結婚すること、相手の意に添うことが女性としての幸福なのだという物語は、世界中で枚挙にいとまがない。

「外国人なので、ドイツ人の姓にしたい。その方が職探しなどで有利」という実際的な理由から同姓とした人もいる。姓は出身国を表す。外国籍の人や外国にルーツを持つ人が約2割いるドイツでは、外国の姓だと住居や職探しにおいて不当な扱いを受けることがある。特に400 万人以上いるトルコ人などイスラム系や、東欧出身者の中にはドイツの姓にしたいという人が多いようだ。ドイツ人の姓を持つ利点は、外国人女性だけでなく外国人男性にとっても同じのはずだが、外国人男性で積極的に女性のドイツ姓を名乗ろうという人は少ないように感じる。

 

一方、別姓を選択した人からは「姓を変える手続きが面倒」という声や「仕事上の妨げになる」という意見を聞く。実際の生活で不便や不利益があるため、同姓にはしないというものだ。

「そもそも、なぜ姓を変える必要があるのか理解できない」と言う人もいる。私の友達では「親からの姓を残したいと思った」と、別姓にした人がいた。彼女は一人っ子で、親戚も叔父一人しかいない。叔父に子どもはおらず、いとこもいない。親の姓を消さずに残しておきたいと別姓にしたが、自分の娘たちには夫の姓をつけたので、「結局、この姓は私の代で終わるけど」と少し寂しそうに語った。このように姓を引き継ぎたいと言う人も少なからずいる。

 

連結姓は「自分の姓を手放して相手の姓にするのは抵抗があるけれど、結婚しているのだから相手の姓も名乗りたい」という際に、よい選択肢だろう。旧姓宛てに郵便物がきても受け取れるなど、日常生活で便利な面もある。例えば日独カップルだと、ドイツ人の友達にはドイツ姓、日本人の友達には日本の姓というように使い分けている人もいる。その方が相手も覚えやすいようだ。しかし、いくら長い連結姓でも、職場や役所、病院などではきちんと正式名称を呼ぶ。私の同僚にも、連結姓の長い名前の人がいたが、周囲では両方間違えずに言うよう努力していた。親しくなると互いに下の名(ファーストネーム)で呼び合うようになるので、そうなったときはほっとしたものである。

 

もちろん選択肢があるだけに迷う人も少なくないだろう。夫婦で別姓としたが、子どもが生まれたら姓をどうするかは決めかねているという人もいる。

もともとドイツでは下の名を複数持つことが一般的なため、姓が複数になっても違和感はない。また、子どもにとっての祖父や祖母の名前をつける人もいる。他にも例えば、長男には2つ目のファーストネームは代々家系に伝わる名前をつけているという家庭もある。例えばマーティン・ハネス・ミュラー(ミュラーは姓)の父親はトーマス・ハネス・ミュラーであり、祖父はヨハン・ハネス・ミュラーという具合である。この方法は男女に関係なくつけることができる。

私はドイツ人と結婚したが、私が夫の姓にした場合、日本語で書くとカタカナになってしまう。見知らぬ人にまで配偶者が外国人であることを宣言するようなものであり、それは避けたいと思った。そもそも姓を変える理由も見つからない。相手も同様の考えだったため、すんなり別姓となった。けれど、もしお互いに相手の姓を自分の姓の後ろにつける連結姓が可能だったら、そうしていたかもしれない。つまり、山田さんが鈴木さんと結婚して連結姓とする場合、

「山田、鈴木–山田」または「山田–鈴木、鈴木」のどちらかの組み合わせになる。「山田–鈴木、鈴木–山田」という組み合わせはできないのである。

親同士の姓が違ったり、親子で姓が違っていたりするのも普通

夫婦同姓、または連結姓の場合、姓を変えなかった人の姓が「家族の姓」となり、生まれた子どもはその姓を名乗ることになっている。別姓が可能となった直後は別姓でも結婚の際に「家族の姓」を定めるよう規定されていたが、現在はなくなった。子どもが生まれた時点でどちらの姓をつけるかを決める。子どもに連結姓をつけることはできない。

上述の例では、山田さんが鈴木さんと結婚して連結姓となったとき「山田、鈴木–山田」の場合子どもは山田の姓、「山田–鈴木、鈴木」の場合は鈴木の姓を名乗ることになる。子どもが複数いる場合、子どもたちの姓は統一される

(写真:iStock.com/romrodinka)

知り合いの別姓カップルに聞くと、「じゃんけんで決めた」という人もいれば「自分は産んだけれど、夫は産んだわけではないので夫の姓にした」「なんとなく、話の流れでそうなった」という人も。もちろん、「代々続く姓を引き継がせたいと思った」という意見もあった。また片方が外国人の場合は「ドイツで生きていくのだから、ドイツの姓の方が社会に溶け込みやすいだろう」という考えの人もいる。どちらの姓にするか迷い、夫婦で時間をかけて話し合ったという人もいた。

 

私には息子が一人いるが、生まれた時、どちらの姓をつけるか決めなくてはいけなくなった。どちらでもいいと思ったが、相手の姓はギリシア系で長く発音しづらかったので、「タグチの方が短くていいね。たまごっちみたいでかわいいし(たまごっちはドイツでも有名)、イタリアっぽくも、国籍不詳にも聞こえるし」ということになった。親族に相談することもなく、2人で合理的な理由をもとに私の姓に決めた。日本の両親はわかりやすいと喜び、相手の親は初孫だったのでちょっとがっかりしたようだ。息子を日本の幼稚園に短期間入れた時、日本の姓だったので、変な顔をされたものである。国際結婚なのに外国の姓じゃない、と思われたらしい。

その幼稚園には他にも夫が外国人で妻が日本人という国際カップルの子どもがいたが、確かに外国の姓だった。

 

子どもと姓が違うと、親子と証明するために子どもの出生証明書、または住民票(子どもと同居している場合)を携帯する必要がある。特に飛行機に乗る場合は、証明書を求められることがある。姓が違うためパスポートだけでは親子と証明できないからだ。私の場合もまだ子どもが小さかったころ、夫が子どもと2人で飛行機に乗る際に出生証明書を持っておらず、飛行場の担当者から確認の電話がかかってきたことがあった。口頭で説明し、ことなきを得た。このような出来事に、別姓は不便ではないかという人がいるかもしれないが、特になんともない。

書類主義のドイツでは、ことあるごとに証明書で身分を証明する機会があり、特別なことではない。

ドイツでいいなと思うのは、親子の姓が違うことは珍しくないため、奇異な目で見られることがないことである。子どもの学校の名簿には保護者の名前が並んでいるが、親同士の姓が違ったり、親子で姓が違っていたり、さまざまなパターンがある。別姓婚やひとり親世帯、パッチワークファミリー(離婚・再婚などで様々な血縁関係を含む家族)、事実婚などいろいろな家族形態が混在しており、人それぞれである。姓が違うために家族の絆が薄まるという話は聞かないし、「別姓で子どもがかわいそう」という人もいない。「親が結婚していないから、かわいそう」「片親でかわいそう」という声もないのだから、当然である。単身世帯でなければ、表札に複数の姓が並んでいるのが主流である。

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続きはちくま新書『夫婦別姓 家族と多様性の各国事情』をご覧ください。

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栗田路子、冨久岡ナヲ、プラド夏樹、田口理穂、片瀬ケイ、斎藤淳子、伊東順子『夫婦別姓 家族と多様性の各国事情』(ちくま新書)

夫婦同姓が法律で強制されているのは今や日本のみ。本書では、夫婦別姓も可能な英国・米国・ドイツ、通称も合法化したフランス、別姓が原則の中国・韓国・ベルギーで実体験を持つ筆者達が各国の歴史や法律から姓と婚姻、家族の実情を考察し「選べる」社会のヒントを探る。そして、一向に法案審議を進めない立法、合憲判断を繰り返す司法、世界を舞台とする経済界の視点を交えて、具体的な実現のために何が必要なのかを率直に議論する。多様性を認める社会の第一歩として、より良き選択的夫婦別姓制度を設計するための必読書。

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夫婦別姓 家族と多様性の各国事情

夫婦同姓が法律で強制されているのは今や日本のみ。

別姓が原則の中国・韓国・ベルギー、別姓も可能なイギリス・アメリカ・ドイツ、通称も合法化したフランス。各国で実体験を持つ筆者達がその国の歴史や法律から姓と婚姻、家族の実情を考察し「選べる」社会のヒントを探る書籍『夫婦別姓 家族と多様性の各国事情』より、一部を抜粋してお届けします。

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田口理穂 ジャーナリスト、ドイツ語法廷通訳・翻訳士

日本で新聞記者を経て、1996年よりドイツ在住。信州大学卒、ハノーファー大学社会学修士。ドイツの環境政策や政治、教育など幅広く執筆。視察  のコーディネートや同行通訳も行う。著書に『なぜドイツではエネルギーシフトが進むのか』(学芸出版社)、『市民がつくった電力会社 ―― ドイツ・シェーナウの草の根エネルギー革命』(大月書店)、共著『コロナ対策 各国リーダーたちの通信簿』(光文社新書)、『「お手本の国」のウソ』、『ニッポンの評判』(ともに新潮新書)。

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