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夫婦別姓 家族と多様性の各国事情

2023.05.31 公開 ポスト

「なぜ結婚して姓を変えたの?」ベルギーでは婚姻と姓は無関係栗田路子(ライター・ジャーナリスト)

夫婦同姓が法律で強制されているのは今や日本のみ。

別姓が原則の中国・韓国・ベルギー、別姓も可能なイギリス・アメリカ・ドイツ、通称も合法化したフランス。各国で実体験を持つ筆者達がその国の歴史や法律から姓と婚姻、家族の実情を考察し「選べる」社会のヒントを探る書籍『夫婦別姓 家族と多様性の各国事情』より、一部を抜粋してお届けします。

*   *   *

ベルギー社会は多様性の縮図

煩雑な手続きと使い分けの不都合を嫌というほど体験し、日本の常識が通じない世界で、自分の姓や戸籍記載の正当性を孤軍奮闘してきた私だから、ベルギー人の今の夫と再婚することになって、自分の姓をこれ以上いじくりまわす必要がなく、いつまでもずっと「栗田路子」でいられると知った時、全身から力が抜けてとろけてしまうほどほっとした。ベルギーという国では、個人の正式な姓名は出生届に書かれていたもの。婚姻は個人の姓名に何の影響も与えない。ベルギー人同士であっても、外国人が関わる婚姻であっても、同じことだ。

私が人生の後半を「栗田路子」として生きることになったベルギーはどんな国なのだろう。

(写真:iStock.com/Carlo Prearo)

ベルギーは西から反時計回りにフランス、ルクセンブルク、ドイツ、オランダ、さらに北海を隔てて英国に囲まれた欧州の小国だ。このあたりに人類が定住したと推定されているのは、新石器時代(紀元前5000年頃)のこと。以降、長い歴史を通して、四方八方の欧州強豪勢力がやってきたことから、欧州の十字路とも呼ばれてきた。その結果、政治・経済・文化などの面で、様々な影響を受けながら今日に至っている。

ベルギー、特に首都のブリュッセルには、今日、EUの主要機関とNATO本部、それらに働きかけたり連携したりする世界中の機関が2000以上もある。同時に欧州の他の都市同様、植民地支配の歴史や国際的な紛争の影響で、アフリカや中東からの移民も多く、特に首都近郊では外国人比率が極めて高い。異なる国籍の人々の間での結婚はあまりに普通のことで、日本でいうような「国際結婚」という概念はない。同じアパートには、様々な「外国人」が住んでいるし、1学級20人の中には数カ国以上の異なる背景を持つ子がいるのはごく当たり前のことで、両親共にベルギー人という子どもは今ではほとんどマイノリティといっても過言ではない。

婚姻と姓は無関係

こんな社会で、アパートの郵便受けや、子どもの学級の名簿はどんな具合になっているかといえば、いくつもの姓がところ狭しと併記されている場合もあれば、1つだけぽつんと書かれているような場合もある。結婚が姓名に影響しないからには、離婚しようが、別居しようが、単身かシングル・ペアレントかなど、なんでもあり得るので、誰も気にかけない。外国人も多いから、それぞれの国の法律や社会習慣なのだろうと想像して気にもかけないことを学習している。

(写真:iStock.com/JackF)

一方、欧州の他国では、今も、妻が夫の姓を名乗る場合が根強いようだ。欧州各国の既婚女性がどの姓を名乗っているのかについて各国を比較できるデータを探したが、ユーロバロメーター(欧州統計局で実施されるEU加盟各国共通の世論調査)の一部として1995年に行われた結果しか見当たらなかった。データはやや古く、現状はだいぶ変わってしまっているかもしれないが、フランス、英国、ドイツなどでは9割以上が夫の姓を用いているのに比べ、ベルギーでは、26年前ですら、夫の姓と答えたのは22%に過ぎず、両方とも使うが57%、妻の姓が20%だった。ちなみに、ベルギーと似たような傾向だったのは隣国ルクセンブルクや南欧のイタリアで、妻の姓使用が大勢なのはスペイン(77%)だった。

ブリュッセル近郊には、EU関係の機関や組織が多数あるため、ベルギー以外の欧州人が極めて多く住んでいるのだが、自国社会では、連結姓や夫の姓を使っているフランス人も、英国人も、ドイツ人も、ベルギーでは嬉々として自分の出生時の姓名を使っているように、私には見える。ベルギー社会では夫婦で姓が異なるほうがスムーズだからというだけの理由かもしれないが、フランス人と結婚しているドイツ人の友人は「正直言うと、出生時の姓名のほうが、自分らしくてしっくりくる」とニコリと笑った。

周りにいろいろな姓を使っている人がいても、正式には自分の姓名とはどこの国でも出生時に親から与えられたものと信じて疑わないベルギー。そんな社会だから、日本人の夫婦が初めてベルギーにやってきて、住民登録などをしようとすると、役所の担当者に仰天されてしまうことがある。

 

職員「マダム、貴女の姓名は?」

日本人妻「佐藤花子です」

職員「でも、ご主人も佐藤じゃないですか。姓の欄には、ご自身の姓を書いてください」

日本人妻「でも、これが私の姓でもあるんですけど」

職員「え? まあ、珍しい、同じ姓の方と結婚したんですね!

といった具合だ。

 

外国人の少ない農村地帯や全く国際的でない生粋のベルギー人にめぐり合わせると、「なぜ、結婚してわざわざ姓を一つにしたの?」「なぜ、自分のではなくて夫の姓にしたの?」と質問攻めにあってしまうこともある。今日のベルギー人は、それほどまでに、婚姻と姓は無関係なものと信じて疑わなくなっているのだ。

別の国でその国の法律に従って結婚した場合(例:日本で結婚した日本人)などは、それが正式であることを証明できれば、役所などでは結婚姓を正式な姓として登録することも例外としてできるようになっている。それでもベルギー国籍の人の場合は、あくまで出生時の姓名のみが正式だ。ベルギー人女性の Maria MAES(マリア・マース)さんが、日本で日本人男性の佐藤太郎さんと結婚し、日本の社会生活上の都合を重視して、たとえ佐藤マリーに改姓していたとしても、ベルギーではあくまで出生時の Maria MAES だけが正式なわけだ。

*   *   *

続きはちくま新書『夫婦別姓 家族と多様性の各国事情』をご覧ください。

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栗田路子、冨久岡ナヲ、プラド夏樹、田口理穂、片瀬ケイ、斎藤淳子、伊東順子『夫婦別姓 家族と多様性の各国事情』(ちくま新書)

夫婦同姓が法律で強制されているのは今や日本のみ。本書では、夫婦別姓も可能な英国・米国・ドイツ、通称も合法化したフランス、別姓が原則の中国・韓国・ベルギーで実体験を持つ筆者達が各国の歴史や法律から姓と婚姻、家族の実情を考察し「選べる」社会のヒントを探る。そして、一向に法案審議を進めない立法、合憲判断を繰り返す司法、世界を舞台とする経済界の視点を交えて、具体的な実現のために何が必要なのかを率直に議論する。多様性を認める社会の第一歩として、より良き選択的夫婦別姓制度を設計するための必読書。

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夫婦別姓 家族と多様性の各国事情

夫婦同姓が法律で強制されているのは今や日本のみ。

別姓が原則の中国・韓国・ベルギー、別姓も可能なイギリス・アメリカ・ドイツ、通称も合法化したフランス。各国で実体験を持つ筆者達がその国の歴史や法律から姓と婚姻、家族の実情を考察し「選べる」社会のヒントを探る書籍『夫婦別姓 家族と多様性の各国事情』より、一部を抜粋してお届けします。

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栗田路子 ライター・ジャーナリスト

EU主要機関のある欧州の小国ベルギー在住30年。上智大学卒業後、米国とベルギーの大学院にて経営学修士号取得。コンサルタント、  コーディネーター業の傍ら、朝日Web論座、共同通信47NEWS などの他、環境や消費財関係の業界誌などに執筆。得意テーマは、人権、医療倫理、LGBTQ、気候変動など。海外在住ライターによる共同メディアSpeakUp Overseasも主催する。共著に『コロナ対策 各国リーダーたちの通信簿』(光文社新書)がある。

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