100年以上も前の法律でいまだに中絶が基本的に「犯罪」とされる日本。安全な中絶が今や国際的に「女性の権利」とされる中、経口中絶薬の承認や配偶者同意など問題は山積みです。歴史的経緯から日本の中絶問題を明らかにする書籍『日本の中絶』(ちくま新書)より、一部を抜粋してご紹介します。
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1907年に作られた「堕胎の罪」が現行刑法でも踏襲される
日本では刑法堕胎罪によって基本的に中絶を犯罪としながら、母体保護法(1996年に1948年の優生保護法を改定)によって一部の中絶が非犯罪化されています。中絶の非犯罪化そのものは人権推進のために重要ですが、そのことによって、女性、少女、その他の妊娠中の人々に中絶を強制あるいは強要されるようなことがあってはなりません。
中絶の強制や強要は非同意的な介入であり、深刻な暴力にあたります。現在、日本の中絶を規制している法制度としては、刑法堕胎罪による全般的な中絶禁止と、例外として合法的中絶を可能としている母体保護法があります。
日本では、1888年にフランス刑法を元に策定された旧刑法に「堕胎罪」が初めて明記されました。1907年にドイツ刑法を元にして改定された現行刑法でも「堕胎の罪」が踏襲されました。以下の通り、刑法の第212条から第216条によって今も中絶は「堕胎の罪」として禁止されているのです。
第二十九章 堕胎の罪
(堕胎)
第二百十二条 妊娠中の女子が薬物を用い、又はその他の方法により、堕胎したときは、一年以下の懲役に処する。
(同意堕胎及び同致死傷)
第二百十三条 女子の嘱託を受け、又はその承諾を得て堕胎させた者は、二年以下の懲役に処する。よって女子を死傷させた者は、三月以上五年以下の懲役に処する。
(業務上堕胎及び同致死傷)
第二百十四条 医師、助産師、薬剤師又は医薬品販売業者が女子の嘱託を受け、又はその承諾を得て堕胎させたときは、三月以上五年以下の懲役に処する。よって女子を死傷させたときは、六月以上七年以下の懲役に処する。
(不同意堕胎)
第二百十五条 女子の嘱託を受けないで、又はその承諾を得ないで堕胎させた者は、六月以上七年以下の懲役に処する。
2 前項の罪の未遂は、罰する。
(不同意堕胎致死傷)
第二百十六条 前条の罪を犯し、よって女子を死傷させた者は、傷害の罪と比較して、重い刑により処断する。
刑法第212条では妊娠している本人が薬物等を用いて自分で中絶を行うことが禁じられています(自己堕胎罪と言います)。なお212条に定められた「薬物」とは、現代の中絶薬とはまったく別物であることは言うまでもありません。213条は、妊娠している人から依頼を受けて堕胎を行うことを犯罪にしています。214条は、前記のうち医療に関する有資格者を特に重い罪としており、215条は当人の同意のない堕胎について、また216条は同罪のうち当人を死傷させた者について、より重い罪で罰することを目的としています。
これらはすべて2022年のWHO『中絶ケア・ガイドライン』の“中絶規制”で示される推奨事項1(法と政策)の「非犯罪化」の原則に反することになります。212条は2(法と政策)に示される推奨事項2b「本人の要求しだいの中絶」にも反しています(XXVページ参照)。同様に、母体保護法についても確認してみましょう。
優生思想にもとづいた法律から生まれ、そのまま残されてしまった中絶に関する条項
母体保護法(1996)の前身は優生保護法(1948)であり、刑法堕胎罪を前提に戦前の国民優生法(1940)を改正する形で一部の中絶について合法化した法律でした。国民優生法はナチス・ドイツの優生主義的な「断種法」(1933)を手本とした法で、優生学に基づく優生政策の観点から「不良」な子孫の出生を防止する目的を持っていました。
優生保護法は、国民優生法をさらに徹底させて、人口の「逆淘汰」を防ぐために、遺伝性の障がい者などに強制的な中絶手術や断種手術を実施するという優生思想にもとづく差別的な内容をもつと共に、母性の生命健康を保護するという目的も当時はあわせもっていました。この優生思想にもとづく部分について、20世紀の終わりに人権侵害であると批判が集中し、政府は優生思想にもとづく条文のみ削除しました。しかしこのとき、中絶に関する条項はそのまま残されてしまったのです。
1994年にエジプトのカイロで開かれた国際人口開発会議と、1995年に中国の北京で開かれた世界女性会議でリプロダクティブ・ヘルス&ライツが提唱されたあとに改正された法律でありながら、母体保護法は、国が中絶をできる要件を定め、中絶に配偶者の同意を求め、掻爬を前提に指定医師に中絶業務を独占させているなど女性の人権に反する内容が盛り込まれたままです。そのように人権に反する規定があるために、国連女性差別撤廃委員会から日本政府はくり返し堕胎罪と母体保護法の「見直し」を求められています。
現行の母体保護法の第14条は次のように「医師の認定による人工妊娠中絶」を定めています。
第三章 母性保護
母体保護法
(医師の認定による人工妊娠中絶)
第十四条 都道府県の区域を単位として設立された公益社団法人たる医師会の指定する医師(以下「指定医師」という。)は、次の各号の一に該当する者に対して、本人及び配偶者の同意を得て、人工妊娠中絶を行うことができる。
一 妊娠の継続又は分娩が身体的又は経済的理由により母体の健康を著しく害するおそれのあるもの
二 暴行若しくは脅迫によつて又は抵抗若しくは拒絶することができない間に姦淫(かんいん)されて妊娠したもの
2 前項の同意は、配偶者が知れないとき若しくはその意思を表示することができないとき又は妊娠後に配偶者がなくなつたときには本人の同意だけで足りる。
母体保護法は、「妊娠の継続又は分娩が身体的又は経済的理由により母体の健康を著しく害するおそれのあるもの」と、「暴行若しくは脅迫によつて又は抵抗若しくは拒絶することができない間に姦淫されて妊娠したもの」のふたつの要件に当てはまる場合に合法的中絶の事由を限定しています。つまり、WHO『中絶ケア・ガイドライン』( 頁参照)にある推奨事項2a「事由により中絶を制限する法律」にあたるため廃止の対象になります。さらに、配偶者の同意を要件として医師に中絶実施の判断をゆだねているのは、推奨事項7「本人以外の承認を不要とすること」に抵触し、推奨事項2b「本人の要求しだいの中絶」を行えなくしています。さらに、指定医師制度も推奨事項21「提供者の制限」にあたるため、なくしていく必要があります。
日本の中絶には「配偶者の同意」が必要
これまでは本人と配偶者の同意を得て、母体保護法指定医師が合法的中絶を行うことができるとされてきました。99.9パーセント近くの人工妊娠中絶が「身体的又は経済的理由により母体の健康を著しく害するおそれのあるもの」という事由で行われ、一般に「経済条項」と呼ばれてきました。しかしこれは、単に「経済的に苦しい」と言えば認められるわけではありません。
1996年9月25日の厚生事務次官通知によればその認定基準は、「現に生活保護法の適用を受けている者(生活扶助を受けている場合はもちろん、医療扶助だけを受けている場合を含む。以下同じ。)が妊娠した場合又は現に生活保護の適用は受けていないが、妊娠または分娩によって生活が著しく困窮し、生活保護の適用を受けるに至るような場合」とされていて、実際には大半の中絶がこの条件には当てはまっていないと考えられます。なお、指定医師が「経済条項」に該当するかどうかを判断しなければならないことについては、国会でも医師の側からもその妥当性に疑念が示されてきました。
また、配偶者には事実上の配偶者(事実婚の場合)も含まれますが、未婚の場合には第三者の同意が不要であるのに、婚姻(事実婚も含む)関係をもったとたんに配偶者の同意が必要となり、しかもその配偶者は胎児の生物学上の父ではなくても構わないというのは不合理な考え方ではないでしょうか。
さらに、本人が未成年の場合に親権者の同意が必要かどうかについては、法律には定めがなく、『指定医師必携』でも不必要だとしていますが、現実には未成年には親の同意を求める医療施設が少なくないようです。
この配偶者同意要件については、近年、中絶を受けようとしてパートナーの同意書を求められた未婚の女性が中絶できなくなり、孤立して、公衆トイレなどで一人で産み落とした末に殺人罪や遺棄罪に問われるケースがいくつも判明し、社会問題になっています。
刑法堕胎罪も母体保護法も全面に見直し、早急にリプロダクティブ・ヘルス&ライツを保障する法に置き換えていく必要があります。
100年以上も前の家父長制時代の刑法堕胎罪と、70年以上も前の戦後の混乱時に作られた優生保護法における中絶違法阻却要件に今も日本の女性たちは縛られています。21世紀の今、世界では女性と少女のリプロダクティブ・ヘルス&ライツを保障することが求められています。日本でも女性と少女の権利に基づき、その尊厳を守る形で合法的で安全な中絶を提供していく必要があります。
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この続きはちくま新書『日本の中絶』(塚原久美 著)をご覧ください。
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