新型コロナウイルス感染症が5類に移行して、“日常”を取り戻したと感じている方も多いのではないでしょうか。「この3年間、なんだったんだろう」と思いつつ。
藤井清美さんの書き下ろし小説『わたしにも、スターが殺せる』は、こたつライターの女性が、緊急事態宣言の発出により、舞台を奪われた2.5次元俳優の不用意な一言を叩いたところから物語が動き出します。
『正しい』が揺れ動いた3年間を振り返ってみたかった、という藤井さんからのメッセージをお届けします。
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『わたしにも、スターが殺せる』に込めたもの 藤井清美
わたしはこれまで、小説を書くほかに、舞台作品の作・演出、ドラマや映画の脚本を書いてきました。大学ではヨーロッパ史を専攻し、卒業論文のテーマが「イギリス王政復古期の女優について」だったわたしは、時折、「いまの演劇の状況は、後世の演劇史にはどう描かれるのだろう」と考えます。
そんなわたしが、間違いなく演劇史に残る出来事に遭遇しました。新型コロナウイルスの大流行です。
「このウイルスの流行によって、世界中の劇場で演劇公演が中止された。前代未聞の時期だった」
と演劇史には書かれるでしょう。
わたしたちは間違いなく、前代未聞の時期を生きたのです。
職業柄、そして、生活も人生も揺り動かされた友人の多さから、この感染症の流行には標準以上の関心を持っていました。わたし自身も公演の中止や延期、また公演準備期間中、ドラマ・映画の撮影中の、「延期や中止につながってスタッフ・キャストにもお客様にも迷惑がかかるので、絶対に感染してはならない」というプレッシャーとの戦いを経験しました。エピソードに事欠かない、壮絶な日々でした。
でもそんな渦中にいても、演劇が中止になろうが人生に関係がない人たちが多くいることも知っていました。
当然です。(スペイン風邪の流行を経験していたごく少数の方は別でしょうが)誰にとっても未経験の事態であり、誰の生活にも影響を与える出来事だったからです。全ての人が、自分の生活に関わる部分、自分の親しい人の人生に関係する事柄から心配し、不安を感じ、改善を訴えました。
その結果起きたことは、あまりにも細分化された分断でした。
ある業種に助成金が出ると、該当する人たちはほっとし、それ以外の人は「ずるい」と感じる。日々変わる情報に翻弄され、何が正しいのか、どうすべきかであらゆる人が自説を唱え始める。
あの時期の、ピリピリ、ヒヤヒヤ、キリキリ、ドキドキは、時に他者への攻撃に変わりました。
いまやっと、感染状況が落ち着きつつあります。そんな時期だからこそ、『正しい』が揺れ動いた3年間を振り返ってみたいのです。
今回の主人公は、アラサーの女性です。こたつ記事を書いている彼女は、ある2.5次元俳優の【エンタメは必要じゃないかな?】という発言を叩きます。ある時期、その態度が世間の気分に照らして『正しい』ことだったからです。
敢えてわたし自身と同じ立場の人間ではなく、反対側に立った女性を主人公にして、この3年間わたしたちの心を支配して揺り動かしたものに迫りたいと思いました。あの3年間に他者に感じた苛立ちを置き去りして先に進んではいけないと思うからです。