ホンダは24日、世界最高峰の自動車レース「F1(フォーミュラ・ワン)」に再参戦すると発表した。2026年から英アストンマーティン・アラムコ・コグニザント・フォーミュラ・ワン・チーム向けに、エンジンなどパワーユニット(PU)を供給する。三部敏宏社長は記者会見で、F1に参戦する意義を「技術と人を育てること」と説明。ホンダに息づく技術者魂とは何か?書籍『ホンダF1 復活した最速のDNA』から紹介する。
30年ぶりのタイトル獲得
2021年、ホンダのラストイヤー。
レッドブル・ホンダのマックス・フェルスタッペンは全22戦中、優勝10回、2位8回を記録した。表彰台に立てなかったのは、わずか4回だった。
ドライバーズポイントは395.5を獲得し、初のチャンピオンとなった。
ホンダにとっては、30年ぶりのドライバーズチャンピオン。このアブダビGPでのフェルスタッペンの勝利が、ホンダにとってのF1通算89勝目となった。
チームメイトのセルジオ・ペレスも健闘した。全22戦中、優勝1回、3位4回と5度の表彰台を勝ち取り、ドライバーズポイントは190ポイントで4位に入った。
一方で、コンストラクターズポイントでは、メルセデスの後塵を拝した。
レッドブル・ホンダは優勝11回、2位8回、3位4回、585.5ポイントで2位。メルセデスは優勝9回、2位9回、3位10回、613.5ポイントでチャンピオンを獲得した。
しかし、誰がこの結果を予想しただろうか。
2015年シーズンから通算4度目の参戦を果たしたものの、マクラーレンとのコラボレーションではまったく歯が立たなかった。苦しく厳しい状況が続いたあと、マクラーレンとは袂を分かった。
2018年にトロロッソと組んだことが2019年からのレッドブルとのコラボレーションにつながり、その年のオーストリアGPで復帰後初勝利を飾った。しかし、2020年シーズンまでは、王者メルセデスとの間には埋めがたいほど歴然とした差があった。
レッドブル・ホンダのコンストラクターズポイントは、2019年417ポイントで3位、2020年319ポイントで2位になった。順位こそ上がったが、メルセデスとの差は2019年で322ポイント(メルセデス739ポイント)、2020年で254ポイント(メルセデス573ポイント)だった。歯が立たないという表現が適切なほど、大きな差があった。
突然の撤退発表
そのような状況で、2020年に翌シーズン限りでの撤退が発表された。
2021年シーズンを戦うとはいえ、誰もがホンダは終わったと思った。
しかし、ホンダのエンジニアたちは諦めなかった。勝てないままで終われば、負けっ放しになってしまい、開発に携わったエンジニアたちに「負け癖」がついてしまう。
どうせ最後になるなら、せめて思い切り勝負させてほしい。
パワーユニット開発責任者の浅木泰昭のその思いが、会社とエンジニアを突き動かした。研究所だけでなく、あらゆる部門を揺さぶった。
ホンダが企業として持てる技術を、惜しむことなくパワーユニットに詰め込んだ。チャンピオンは、オールホンダでつかんだ栄冠だった。
「ファイナルラップでこんなふうになるなんて、劇的すぎますよね。歴史に残る勝利なんじゃないですか」
技術力とメンツを示す
そう話すのは浅木である。
「スタートで前に行かれたときは、苦しいレースになる、アクシデントでもない限り勝てない。そう思いました。諦めないことが大切だと口で言うのは簡単ですが、本当にドライバーもチームも諦めていなかった。それが逆転につながったと思います」
そして、この勝利がホンダのエンジニアたちに与える影響について語った。
「勝負事に参戦するのは、勝つためですよね。F1は、世界の名だたる自動車メーカーの技術者が、自分たちの技術力とメンツを示すために戦う場です。そこで勝ちたいという気持ちが湧かないのであれば、技術者として育つ要素はありませんし、何のためにやっているかわかりません」
それでは、ホンダがF1に参戦する意味はないと浅木は言う。
「勝たなければ意味がない。勝ちたい。そのためには何が足りないか。自分たちは何ができるか。世界の技術者が同じように考えているなかで勝つ。そして、世界一になる。それがとても大事なんです。でもね、そう思っていても勝てない時期が何年も続くと、自分のなかに言い訳を探すようになるんです」
それを、浅木は「負け癖」と呼んだ。
「F1がそういう技術者を育ててしまっては、何のためにレースに参戦しているかわかりません。それだけは避けたかった。だから、2021年はどうしても勝たなければならなかったのです。諦めずにやったら勝てた。それは、今後の人生にきっと生きてくると思うんです。私も、Sakuraにきた甲斐がありました」
トンネルの先に明かりが見えると信じた
テクニカルディレクターの田辺豊治は、チャンピオンを獲れたことを喜びながらも、こう語った。
「最終戦は、予選も、本選のレース展開も苦しかったですよね。まだまだやれることはあるし、技術としても人としても、伸びしろはあると感じています。毎日のように発見があり、改善の余地が見えてくる。それに挑むことによって、人も技術も成長していく。それなのに、レースへの関わり方を変えてしまうのは、ちょっと残念ですね」
ただ、田辺もプラスの影響は間違いなくあると話す。
「第4期は敵も知らずに出て行って、現実を突きつけられ、トンネルの先に明かりが見えない状態からのスタートでした。疲弊もしたでしょうが、やはり明かりは見えると信じて取り組んだはずです。そのなかで、チャンピオンになれたというのは、個人個人の心に残る貴重な体験になったと思います。最後まで諦めずにやればできる。それを若い人に刷り込むことができたんじゃないでしょうか」
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