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名著の予知能力

2023.05.31 公開 ポスト

「100分de名著」プロデューサーが戦慄した名著の人生を変える力秋満吉彦

「100分de名著」(NHK Eテレ)で取り上げる作品を九年にわたり選び続けてきたプロデューサー、秋満吉彦さんが最も戦慄を覚えたのは、現代社会のありようを言い当てる「名著の予知能力」でした。5月31日に発売された新書『名著の予知能力』は、まったく新しい名著の読み方を提案する書。「はじめに」を抜粋してお届けします。

名著が炙り出す人間と社会の「本質」

ゴールデンタイムの人気番組に比べれば、視聴率は十分の一以下。予算規模なんて、NHKスペシャルに比べれば吹けば飛ぶような金額……そんなテレビ番組を背負って今年(2023年現在)でまる九年。一つだけ誇れることがあるとすれば、一度たりとも手を抜かなかったことくらいだろうか。もちろん、解説する本のセレクトの失敗、詰めの甘さから招いた凡ミスなどを数え上げたらきりがない。まったく……。

だが、「いい仕事をする」「一言でもいいから視聴者の記憶に刻まれる言葉を残す」という志だけはぶれずに貫いてきた。地味な道のりではあったけれど、それでも十年以上続く長寿番組として生き残れたこと、ささやかだけど注目してくれる研究者やマスメディアの人たちが最近ちらほら出てきたことで、「あんがい、意味のある仕事ができたのではないか」と、ぬか喜びをさせてもらっている。

申し遅れたが、私は、NHK Eテレで毎週月曜22時25分から放送している番組「100分de名著」を担当するプロデューサー。ご存じの方もいるかもしれないが、古今東西の名著を25分×4回でわかりやすく解説する教養番組だ。

本書は、この「100分de名著」という番組の企画制作の舞台裏を赤裸々にさらすことで、名著がもつ恐るべき力を炙(あぶ)り出そうという試みである。なぜ番組でこの本を選んだのか、なぜこの講師を抜擢したのか、どうしてこの切り口から解説しようとしたのか……といったことを、プロデューサーという立ち位置から包み隠さず明かすこと。それによって、名著という存在が、私たちの人生にいかに豊かなものをもたらすか、私たちの社会をよりよい方向へ導いていくのに、どれだけ重要な力を秘めているのかを浮き彫りにすることができると考えたのである。

プロデューサーといっても映画プロデューサーのような格好のいいものではない。れっきとした会社員であり、サラリーマンである。仕事の内容は極めてシンプルだ。毎年他番組との競合の中から番組の予算枠を確保すること、毎月企画書を書き採択を目指すこと、ゲスト講師をブッキングすること。ここまで準備ができたら、番組自体の演出・制作、副読本である番組テキスト制作は、チームである制作会社や出版社のメンバーが実行部隊として担ってくれる。

私自身がやることは、いわば、そのための設計図作成であり、全体の流れのかじ取りであり、品質管理にすぎない。番組のカラーはむしろ演出担当ディレクターやゲスト講師、司会者によって決まってくるといってもいい。私がこんな本の場を借りて、番組のなんたるかを語るのは、おこがましい行為なのかもしれない。

読者の皆さんに何かを伝える資格があるとかろうじて思えるのは、この9年間、死に物狂い(と自分で書くのもなんだが)で企画書を書き続けてきた経験の中からつかんだものがあるという確信からである。まだ全貌は見せてくれていないが、それは「名著」というものがもつ本質の一端である。この本に取り組むまでは、まだ漠とした感触でしかなかったが、担当編集者である竹村優子さんが告げてくれた一言で、はっきりと像が結ばれた。

「名著の予知能力」

そうか。私が日々戦慄をもって名著から感じ取っている力とは、「予知能力」ではなかったか。新型コロナ禍に置かれた私たちの状況をあたかも写し取っているようなアルベール・カミュ「ペスト」、世界で猛威を振るいつつある全体主義的な政治手法を痛烈に撃つジョージ・オーウェル「一九八四年」、対立意見を先鋭化し人々を分断に追い込むSNS社会の暗部を突くル・ボン「群衆心理」……数十年から数百年前に書かれた名著が、現代社会のありようを予言するかのように言い当てている。この九年間は、そのことに驚愕し続ける年月だったのだとあらためて思いいたった。

いや、「予知能力」といいきってしまうとミスリードかもしれない。予知しているかのように見えるのは、先人たちが自らの直観を研ぎ澄まし、人間や社会の本質をつかみとろうとあがき続けたからこそ、獲得できた普遍性があるからだ。そして、人間の本質は、時代が流れても全く変わっていない。普遍性を獲得した名著は、繰り返される人間の愚かさや過ち、蛮行、憎悪のうねり、社会の歪(ゆが)みを炙り出してくれるのだ。

名著に関する本は、これまでにもたくさん出版されていると思う。だが、この本は、それらの本とはまるで違う本になるはずだ。いわゆる入門書では全くない。これを読んだからといって取り上げている本の詳細がわかるものでもない。書かれるのは、番組企画作りのどん詰まりの中でつかみとってきた「ある種の真実」である。

だからといって、単に個人的な経験を羅列しようと思っているわけではない。この九年間の体験の中で、私自身、明らかに仕事のやり方が変わってきている。そればかりではない、人生そのものまで揺るがされている。つまり、名著は、読みようによっては、今ある自分を劇的に変える作用すらもちうるのである。その作用についても、エピソードに応じて示すことができたらと思っている。

「予知能力」は、非日常な超能力だけを示す言葉ではない。誰もが少なからず使っている「未来を予見する能力」でもあるだろう。この解像度を上げていけば、自分がどうあるべきか、社会はどうあるべきかも見えてくるはずだ。名著にはそれを与えてくれる力が確かにある。これは私が今、身をもって感じていることだ。

読者の皆さんが、この本からある視角を得て、名著と出会い直し、自らの人生を豊かにしてくださったら、著者としてこれ以上の幸せはない。

関連書籍

秋満吉彦『名著の予知能力』

100分de名著」(NHK Eテレ)で取り上げる作品を九年にわたり選び続けてきたプロデューサーが最も戦慄を覚えたのは、現代社会のありようを言い当てる「名著の予知能力」。カミュ「ペスト」には、新型コロナで苦しむ「今」があった。ル・ボン「群衆心理」は、対立意見で分断を煽るSNS社会を見通したかのようだ。ミッチェル「風と共に去りぬ」には、トランプ政権へつながるアメリカの裂け目が見える。名著との格闘から得られる、驚き、興奮、感動。そして人生を変える力。画期的な「名著」の読み方。

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名著の予知能力

NHK Eテレ「100分de名著」プロデューサーによるまったく新しい名著の出会い方

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秋満吉彦

1965年生まれ。大分県中津市出身。熊本大学大学院文学研究科修了後、1990年にNHK入局。ディレクター時代に「BSマンガ夜話」「日曜美術館」等を制作。その後、ドラマ「菜の花ラインに乗りかえて」、「100分 de 平和論」(第42回放送文化基金賞優秀賞)、「100分 de パンデミック論」(第48回放送文化基金賞優秀賞)、「100分 de メディア論」(第55回ギャラクシー賞優秀賞)等をプロデュースした。現在、NHKエデュケーショナルで教養番組「100分 de 名著」のプロデューサーを担当。著書に『行く先はいつも名著が教えてくれる』(日本実業出版社) 、『「名著」の読み方』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)等がある。

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