脳出血で倒れ、失語症・右半身まひという後遺症を抱えながら、懸命なリハビリを経て、大学の学長職に復帰した出口治明さん。その支えになったのは、それまでに読んできた1万冊以上の本から得た「知の力」「教養」でした。新刊『逆境を生き抜くための教養』の一部をお届けします。
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東京のインフラは案外よくできていた
病院の中で電動車いすの基本的な操作方法を2週間ほどかけて習得すると、次は中庭に出て練習をしました。
広場には舗装された道があり、カーブや坂道などもあるので、まさに自動車教習所の練習コースみたいです。さまざまな操作やスピードにも慣れ、ひとりで移動できるという自信がつきました。
そして7月には、いよいよ公道へ。病院のゲートから、原宿の街に出てみました。
原宿は都内でも有数の繁華街ですから、人通りも車の交通量もかなりあります。そういう街を電動車いすで移動している人はほとんど見たことがなかったので、病院から外に出るときには「大丈夫かな?」と少しドキドキしました。
でも実際に出てみると、病院の中庭で練習しているときとあまり変わりません。怖いと感じることもなく、久しぶりに触れた街の空気を味わう余裕もありました。
脳出血で倒れてから長く病院の中で過ごしていたので、歩いている人々の姿や街並みの風景がどれも新鮮に見えます。
「こうして自由に移動できれば、活動の幅が広がる」
そう思えて、とてもうれしい気持ちになりました。街の中を自由に移動するという、以前ならばごく当たり前だったことが、とてもすばらしいことに思えたのです。
とはいえ、近所を散策できるというだけでは、本当の意味で移動の自由を手に入れたことにはなりません。ひとりで自立した生活を送るには、もっと遠い場所に行き来する必要があります。
そのためには、電車やバスなどの公共交通機関を利用しなければならないわけですが、僕のような初心者の電動車いすユーザーにとって、これはかなり高いハードルに思えました。
鉄道の駅構内や空港などで電動車いすを使っている人を見かけたことはありますが、「いろいろ大変だろうな」とは思うものの、具体的にどうやって移動しているのかを考えたことはありません。何となく「まだまだ日本社会はバリアフリーが進んでいない」という思いもありました。
でも、実際にやってみると、それほど大変なことではなかったのです。
初めて電動車いすで公共の交通機関を利用したのは、退院して自宅に戻ってから2、3日後のことです。さすがにひとりでは心配なので、人に付き添ってもらって、バスと電車に乗りました。
でも、とくに困ったことはありません。バスの乗降口はノンステップ(低床で段差がないこと)になっていますし、運転手さんも親切に対応してくれます。
電車も、駅構内はエレベーターで問題なくホームまで移動できました。また、JR山手線には、電動車いすでも介助なしで乗降できるドアが用意されています。駅員のお世話にならなくても、問題なく目的地まで行けました。
「日本のバリアフリーはまだまだ」と思い込んでいましたが、「東京のインフラは案外よくできているんだな」と認識を改めた次第です。
ベビーカーのためにもバリアフリーの向上を
とはいえ、公共交通機関が車いす利用者にとって申し分のない状態だとはいえません。思っていたよりよくできていたのはたしかですが、不便に感じることは、まだまだあります。
たとえば電車の乗降口は、どのドアからも電動車いすで利用できるわけではありません。僕がよく利用するJR山手線は、1両あたり片側に4カ所のドアがあります。11両編成ですから、全部で44カ所。そのうち、電動車いすで乗り降りできるドアはたったの2カ所です。
ホーム行きエレベーターを降りたところから近い位置にそのドアがあればよいのですが、駅によって構造はさまざまです。そのドアまで距離が遠いと移動に時間がかかりますし、人の多いホームでは危険も大きくなります。
そのタイプのドアがあると便利なのは、僕のような車いすユーザーだけではありません。ベビーカーに赤ちゃんを乗せている人たちも、それがあると移動が楽でしょう。
混んだ電車にベビーカーを持ち込むと文句をつける不寛容な人もいるようですが、多様な生き方や働き方をインクルージョンしなければ、これからの社会は活性化しません。赤ちゃん連れでも自由にどこにでも行ける環境が整えば、少子化にもいくらか歯止めがかかるでしょう。
そういう意味でも、交通機関のバリアフリー化はもっと進めるべきです。すべてのドアを電動車いす対応にするのは難しいかもしれませんが、せめて現状の2倍ぐらいには増やしてもらいたいと思いました。
逆境を生き抜くための教養
脳出血で倒れ、失語症・右半身まひという後遺症を抱えながら、懸命なリハビリを経て、大学の学長職に復帰した出口治明さん。その支えになったのは、それまでに読んできた1万冊以上の本から得た「知の力」「教養」でした。新刊『逆境を生き抜くための教養』の一部をお届けします。