脳出血で倒れ、失語症・右半身まひという後遺症を抱えながら、懸命なリハビリを経て、大学の学長職に復帰した出口治明さん。その支えになったのは、それまでに読んできた1万冊以上の本から得た「知の力」「教養」でした。新刊『逆境を生き抜くための教養』の一部をお届けします。
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落ち込んでいる時間がもったいない
僕が病気や身体障がいといった逆境で、精神的に落ち込まなかったのは、もうひとつ、性格的な理由があるのかもしれません。
僕は、自他共に認める「せっかち」です。いまできることは後回しにしないで処理したいし、何か思いついたらすぐ行動に移さないと気が済みません。
以前、コロナ禍の影響でアルバイト収入がなくなったAPUの留学生から、「学費納入期限を延ばしてもらえないでしょうか」と相談を受けたときは、その場で「わかりました、検討させます」と答えて、すぐに学内の関係部署に足を運んで「ちょっと聞いてくれる?」と相談を持ちかけました。
ちょうどそのときはテレビ局の密着取材を受けていて、オンエアではその場面も使われたので、ご覧になった方もいるかもしれません。
学生の訴えを聞いた僕がすぐに立ち上がって学長室から出ていったので、担当ディレクターに「どちらへ行かれるんですか?」と驚かれたのを覚えています。
担当職員に検討を依頼した後、僕はまたすぐに学生のところに戻り、「お願いしておいたので連絡を待ってください」と伝えました。
そうやって、いま発生した案件はいま片づけておかないと、落ち着いてほかの仕事ができないのです。
自分が何でも「すぐやる」だけでなく、人に仕事を頼むときも「すぐやっといて」が口癖なので、職員は大変かもしれません。
僕はツイッターやフェイスブックなどのSNSをやっています。学内などで広く紹介したいことを見つけると写真を撮り、すぐにスマートフォンで広報スタッフに送って「すぐSNSに上げといてください」と頼みます。
さらに、アップされたかどうか気になるので、15分も経つと「もうやってくれました?」と確認してしまいます。ほかの仕事の手を止めさせて申し訳ないとは思うのですが、これはもう僕の性分なので仕方がありません。
では、なぜ「せっかち」だと「落ち込まない」のかといえば、答えは簡単、時間がもったいないから、です。
2021年1月に病気で倒れたとき、僕にはAPUの学長としてどうしてもやりたい仕事がありました。だから、とにかく早く大学に戻りたい。
でも、復帰のための治療やリハビリにはどうしても時間がかかります。それをクリアして復帰しようと思ったら、グズグズと落ち込んでいる暇はありません。
やりたいことを早く再開したいなら、リハビリの時間を早く、少しでも多く確保するしかなく、「なぜこんなことになったんだ……」とクヨクヨ思い悩んでいる時間はない、というのはごく簡単な算数です。
仕事に戻ることが僕にとっての「当たり前」
もちろん、世の中には僕のようなせっかちな人間もいれば、のんびりした性格の人もいます。僕はこの性格のおかげで落ち込まずに済みましたが、誰にでも「逆境を迎えたらせっかちになれ」などと言いたいわけではありません。
いちばん大事なのは、性格ではなく、自分の中に「やりたいこと」があるかどうかなのだと思います。
のんびりした性格の人でも、何か「これだけはやり遂げたい」ということがあれば、逆境から早く立ち直ることができるのではないでしょうか。
逆に、「どうしても学長職に復帰して仕事を続けたい」という目標がなければ、いくらせっかちな僕でも、すぐにリハビリを頑張ろうという気分にはならなかったかもしれません。
僕は講演などでよく、「人は思いがあれば、なかなか死ねない」と話してきました。今回、まさに自分でそれを体現することになったと思っています。
当時すでに72歳だった人間が脳出血で倒れて入院したのですから、ふつうなら、周囲の人たちは「残念だけどこのまま引退ということになるのかな」と思うところです。
でも僕の場合、後でお話しするように、どうしても学長としてやり遂げたいプロジェクトがありました。それ以前に、倒れた直後から、「仕事に戻ることが、僕の人生にとっては当たり前」と思い、それを疑うことはありませんでした。
大学の職員たちも「学長はきっと戻ってくるだろう」と思っていたそうです。日頃から僕のことを見ていたので、そんなことで復職を断念するとは思えなかったのでしょう。
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逆境を生き抜くための教養
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