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逆境を生き抜くための教養

2023.06.25 公開 ポスト

「あきらめる」とは、運命を受け入れてベストを尽くすこと出口治明

脳出血で倒れ、失語症・右半身まひという後遺症を抱えながら、懸命なリハビリを経て、大学の学長職に復帰した出口治明さん。その支えになったのは、それまでに読んできた1万冊以上の本から得た「知の力」「教養」でした。新刊『逆境を生き抜くための教養』の一部をお届けします。

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「あきらめる」は悪いことではない

戦争やパンデミックや大地震、個人の身にふりかかる病気や左遷や経済苦など、人生には不条理としか思えないことが起こります。

偶然の巡り合わせで訪れた逆境は、自分の力ではどうすることもできません。だから、「どうしてこんなことになったんだ」とか「どうすれば元の生活に戻れるんだ」などと考えても、仕方がない。

逆境自体は「どうにもならない」とあきらめて、自分の置かれた環境にどう適応するかを考えるべきです。

(写真:iStock.com/mapo)

エカチェリーナの場合、ロシアの女帝エリザヴェータに白羽の矢を立てられたのが人生最大の転機でした。ドイツ人の娘がいきなり「ロシア皇帝の後継者を生む」という役割を担わされたのですから、大変な境遇の変化です。

でもエカチェリーナは悪あがきすることなく、「もうロシアで生きていくしかない」と心に決めました。少女がドイツで夢見ていた幸せな未来は「あきらめた」のだと思います。それによって、ロシア語や啓蒙思想などの勉強に邁進することができました。

 

「あきらめる」とは「運命を受け入れる」ことでもあります。運命論者には、後ろ向きでネガティブな印象があります。

実際、スポーツ選手が試合の途中で勝つことを諦めるのは、あまり褒められたことではありません。応援する人は必ず「諦めずに最後まで戦え」などと言います。

2022年のFIFAワールドカップで、強豪国のドイツとスペインに逆転勝ちした日本代表チームは、その「諦めない戦いぶり」が称賛されました。

でも辞書で「あきらめる」を引くと、「諦める」のほかに「明らめる」という漢字表記があります。意味は「明るくさせる」「事情などをはっきりさせる」(広辞苑)。「あきらめる」の原義はこちらのほうで、決して悪い意味ではありません。

 

物事を考えるときに僕がいつも「数字・ファクト・ロジック」を大切にしていることはすでにお話ししました。その中の「ファクト」をつまびらかにして判断の材料にするのが、「あきらめる」ということです。

まずはあきらめなければ、次に向けてロジカルに考えることができません。

運命を受け入れてベストを尽くす

「失ったものを数えるな、残されたものを最大限に生かせ」

これは、「パラリンピックの父」と呼ばれるルートヴィヒ・グットマンの言葉です。

(写真:iStock.com/bee32)

第二次世界大戦で障がい者となった傷痍軍人たちを治療したグットマンは、そのリハビリにはスポーツが最適だと考えました。そこで1948年に始めたのが、現在のパラリンピックの前身となったストーク・マンデビル競技大会です。

グットマンの言葉も、まさに身体障がいという現実を「あきらめる」ことで逆境に適応させようとするものでしょう。失った機能は戻ってこないというファクトに基づいて、何ができるかを考えるのです。

失ったものをあきらめたアスリートたちが、残った能力を駆使して見せるすばらしいパフォーマンスは、2021年の東京パラリンピックでも大いに人々を感動させました。

 

僕はアスリートではありませんが、障がい者となってからは、やはりいろいろなことをあきらめました

最初にあきらめたのは、自分の足で歩くことです。理学療法士の先生から「歩行訓練を続けても、退院までに外を自由に歩けるようにはならない」というファクトを示され、リハビリの時間をほかのことに使うために、電動車いすに乗ることを決めました。

左手で書く練習を始めたのも、まひした利き手を使うことをあきらめたからです。

わが子を亡くした母親と同じで、神様・仏様に「これまでどおり右手で書けるようにしてください」とお願いしても、仕方がありません。残った能力を最大限に生かして、右半身まひという逆境に適応するだけのことです。

 

その一方で、言語障がいという逆境については、何も「諦めて」いません。いまはまだ言葉が不自由ですが、一所懸命にリハビリに励めば、必ず以前のように話せるようになると思っています。

もちろん、それは僕の勝手な思い込みではありません。僕を診てくれた医者が「言葉は取り戻せます」と専門家として言ってくれたので、これはファクトに基づく判断です。

 

2022年のFIFAワールドカップで、ドイツやスペインに先制点を許したときの日本代表チームも、同じようなことを考えたのではないでしょうか。

たしかに強豪国に0対1で負けている状況は、かなり厳しい逆境です。でも、負けが決まったわけではない。後半で逆転できる可能性は十分にある。それがファクトです。

ドイツ戦の前日には、テレビで「2対1で日本が勝つ」と予想していた人もいました。両チームの戦力から考えて、まったく絶望するような試合展開ではない。ファクトに基づいてロジカルに考えれば、「逆転は可能」という答えになります。

 

つまり、ファクトを「あきらめる」ことによって、「だから諦めない」という結論になり、その先の勝利だったといえるわけです。

僕にとっては「あきらめる」は、「運命を受け入れてベストを尽くす」ことと同義です。ここまでお話ししてきたことからおわかりいただけるように、それは精神論ではなく、最も合理的な、逆境の乗り越え方なのです。

関連書籍

出口治明『逆境を生き抜くための教養』

脳出血で倒れ、失語症・右半身まひという後遺症を抱えた著者は、懸命なリハビリを経て大学の学長職に復帰。72歳で直面した人生最大の逆境を乗り越える支えとなったのは、それまでに読んできた1万冊以上の本から得た「知の力」「教養」だったという。「状況が厳しいときこそ数字・ファクト・ロジックが不可欠」「必要なのは、強さ・賢さより、〈運〉と〈適応〉」「不条理は、まずあきらめて受け入れる」――逆境を生き抜くために役立つ物事の考え方や知識を、「知は力なり」を身をもって体験した著者に学ぶ一冊。

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逆境を生き抜くための教養

脳出血で倒れ、失語症・右半身まひという後遺症を抱えながら、懸命なリハビリを経て、大学の学長職に復帰した出口治明さん。その支えになったのは、それまでに読んできた1万冊以上の本から得た「知の力」「教養」でした。新刊『逆境を生き抜くための教養』の一部をお届けします。

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出口治明

1948年、三重県生まれ。立命館アジア太平洋大学(APU)学長。ライフネット生命創業者。京都大学法学部卒。1972年、日本生命に入社。ロンドン現地法人社長、国際業務部長などを経て2006年に退社。同年、ネットライフ企画を設立、代表取締役社長に就任。2008年に免許を得てライフネット生命と社名を変更、2012年上場。社長・会長を10年務めたのち、2018年より現職。『人生を面白くする本物の教養』(幻冬舎新書)、『全世界史(上・下)』(新潮文庫)、『人類5000年史(I~Ⅲ)』(ちくま新書)、『座右の書『貞観政要』』(角川新書)、『哲学と宗教全史』(ダイヤモンド社)、『還暦からの底力』(講談社現代新書)など著書多数。

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