2007年の発売以来、30万部を超えるロングセラーとして多くの読者に笑いと感動を届けてきた『裁判官の爆笑お言葉集』。今年に入って全国の書店で再ブレイクしており、現在、なんと40万部を超えました。そんな本書の著者で、フリーライターの長嶺超輝さんに、本の中から裁判官の「お言葉」をいくつか紹介していただきました。
* * *
個性あふれる裁判官の「お言葉」
「しっかり起きてなさい。また机のところで頭打つぞ」
── 1998年10月、東京地裁・阿部文洋裁判長のお言葉です。これはどのようなシチュエーションだったのでしょうか。
オウム真理教の教祖だった麻原彰晃こと松本智津夫の第95回公判で、裁判長が居眠りしていた松本智津夫に注意した場面です。「また頭打つぞ」ということは、過去に打ったことがあるということですね。
このときは証人として、新実智光元死刑囚が発言していたのですが、そんな教祖の姿を見て、新実元死刑囚もがっかりしたのではないでしょうか。こんな人のために、自分はひどい犯罪を行なったのかと。
── 公判中の松本智津夫の様子はメディアでも報じられましたが、やはりひどいものだったんですか?
意味不明の発言をくり返したり、あぐらをかいたり、大あくびをしたり、行儀の悪い態度を取っていたので、裁判長も見るに見かねてということだったのでしょう。いきなり英語をしゃべり出したこともあったようです。裁判所法で「裁判所では、日本語を用いる」とあるので、そもそも違法行為なのですが。
「しっかり起きてなさい。また机のところで頭打つぞ」という言葉から、いかに裁判長が苦労されていたかよくわかる気がします。
「私があなたに判決するのは3回目です」
── 1998年2月、福岡地裁・陶山博生裁判官のお言葉です。3回罪を犯して、3回とも同じ裁判官に当たったということですか?
その通りです。3回とも覚醒剤で捕まっているのですが、1回目は93年、佐賀地裁で懲役8か月の実刑判決、2回目は95年、福岡地裁で懲役1年6か月の実刑判決、そして3回目が98年、同じく福岡地裁で懲役2年の実刑判決。
いずれも陶山裁判官が刑を言い渡しています。たまたまですが、陶山裁判官の異動先まで追いかけていることになりますね。なかなかのレアケースでしょう。
── このとき陶山裁判官は、「私は2回裏切られたが、強い意志を持って、これを最後に本当に覚せい剤をやめてください」とおっしゃったそうですね。
内心、落胆していたでしょうね。でも、「やめてください」と言われてもやめられないのが薬物なんです。それくらい薬物は怖いものだということも、このエピソードからわかると思います。おそらく自分の力だけではやめられないと思うので、いろんな人の支援を受けることも必要になるでしょうね。
無味乾燥な判決文を読み上げるだけではない
── ここまで紹介してきたような「裁判官のお言葉」は、どういうときに聞くことができるのでしょうか。
いちばん多いのは、刑事裁判の後半ですね。前半は、氏名や生年月日などを尋ねて本人かどうかを確認する「人定質問」など、形式的なやり取りが多いんです。
後半に入ると、「被告人質問」が行なわれます。まず弁護人からの質問があり、次に検察からの質問があり、そのあと裁判官からの「補充質問」がある。この補充質問の際に、裁判官の本音を聞けることがあるんです。
それと、判決理由を述べるときですね。厳しい言葉の場合もあれば、優しい言葉の場合もあります。判決理由は裁判所の記録に残っているので、調べようと思えば誰でも調べることができます。
調べるのが難しいのは「説諭」です。法律上では「訓戒」と言って、刑事訴訟規則第221条で「裁判長は、判決の宣告をした後、被告人に対し、その将来について適当な訓戒をすることができる」と定められています。決して、「気まぐれ発言」ではありません。
この説諭は、裁判所の記録には残らないんです。だから、傍聴席に座って実際に聞くか、マスコミの報道で伝わっているものを調べるしかありません。
「もうやったらあかんで。がんばりや」
── 他には、閉廷後に声をかけるパターンもあるそうですね。これは2003年11月、大阪地裁・杉田宗久裁判官が閉廷後、被告人にかけたお言葉です。
被告人は、育ち盛りの2人の子どもを持つ母親でした。家出した夫の借金を抱え、生活に追いつめられた末、スーパーで万引きをくり返していたんです。
そんな被告人に杉田裁判官は、同情の余地があるということで執行猶予を言い渡しました。そして閉廷後、被告人が退廷するときに裁判官席から身を乗り出し、「もうやったらあかんで。がんばりや」と声をかけたんです。
私はたびたび大阪地裁に足を運び、杉田裁判官の裁判を実際に見てきましたが、同じような光景を何度も目撃しています。執行猶予をつけたときは、こうして被告人を励ますことを、おそらく杉田裁判官は習慣にしているのだと思います。
裁判の世界には、「感銘力」という言葉があります。裁判によって、被告人のその後の人生によい影響を与え、二度と同じような罪を犯させない力のことです。杉田裁判官の声がけには、優れた感銘力があると感じます。
※本記事は、 Amazonオーディブル『武器になる教養30min.by 幻冬舎新書』より、〈【前編】長嶺超輝と語る「『裁判官の爆笑お言葉集』から学ぶ個性あふれる裁判官の言葉」〉の内容を一部抜粋、再構成したものです。
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