菅広文はやっぱり天才だ!『京大中年』を読んだ誰もがそう思うだろう。文章の巧みさはいわずもがな。“過去の自分”や“過去の宇治原”に手紙で語りかける手法や構成も見事。
「少年」だったふたりは、「芸人」になって人気者になり、いまや中年。46歳の菅さんから18歳の宇治原さんへ。そして、受験に失敗した19歳の自分へ。芸人になったロザン、クイズ番組で活躍する30代の宇治原さんへと、年代を追いながら、今現在の目線で綴られる物語。
そこには、相方への愛や芸人としての矜持と悲哀、人には何が大切かという「ロザン的生きるヒント」が詰まっている。読み進むうちにぐいぐい引きこまれ、ときに笑い、ときに涙する。そして、読んだ後には、明るい気持ちになっている。こんな文章を書ける人はそうそういない。
菅広文氏に『京大中年』執筆秘話をお聞きした。
(インタビュアー:中井シノブ)
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受験生にとってのバイブルとなり、将来に迷う若者や親世代にも突き刺さった『京大芸人』
――『京大中年』は、『京大芸人』からはじまる連作小説の第三弾です。前作から14年の月日には意味があったのでしょうか?
菅 1作目の『京大芸人』を書いたときから、連作にできたらと考えていました。だから『京大中年』は、実際に中年になってから、その時の目線で書こうと。実はこの後に『京大老人』の予定もあります。僕が63歳になったら書こうかと。ロザン(=63)ですから(笑)。その頃は、どんな老人になってるんでしょうね……
――最初の作品『京大芸人』は、どんな小説ですか?
菅 タイトルは『京大芸人』ですが、芸人としての仕事のことは書いていないんです。というのも、当時は、芸人としてのキャリアが、そんなになかったから。まわりにいた“芸人の卵”は、お笑いが好きで芸の世界に入っているのに、僕たちは違った。売れる売れないよりも、「ふたりでしゃべってお金がもらえたらいいか」というかんじだったんです。そんな当時の日々も含め、「“京大生で芸人”は面白い」と思った高校生ふたりが、受験に臨む姿や勉強法、友達からコンビになる過程を赤裸々に綴っています。
――『京大芸人』は、受験生にとってのバイブルになったことはもちろん、将来に迷う若者や親世代にも突き刺さり、大ヒットしました。小説にしたことには意味がありますか?
菅 最初から小説でと思っていたわけではなくて。当時、いくつかのパターンで文章を書いていたんです。僕が主人公のパターンもあった。でも、出版社の方が、「これだ!」と言ってくださったのが、宇治原さんが主人公の小説だった。確かに、一番筆が進んだんですよね。出版というお話をいただいたとき、担当の編集さんに言われたのは、「最後まで書ききってください」ということ。1章、2章を書くことができる人は山ほどいると。でも職業にするには、最後まで書ききれるかどうかが肝心なんだと。
――『京大芸人』というタイトルも秀逸でした。
菅 実はパクりなんです(笑)。麒麟の田村裕さんの『ホームレス中学生』が爆発的に売れて。何故売れたのかと分析して考え至ったのが「相反する言葉を組合せれば面白いし、人を惹きつけられる」ということでした。うちだったら、京大と芸人。当時はなかった組み合わせでしたから。
――一方、2作目の『京大少年』では、IQ芸人・宇治原さんが生まれるまで。こちらも、宇治原さんへの愛があふれていました。
菅 そうなんですかね。自分ではそんなふうには思ってないんですが。ただ、『京大中年』と同時に文庫化することが決まって、最近になって『京大少年』を読み返してみたんです。やっぱり面白かった。よく書けてますよね~(笑)。
――子供の頃から、書くことは得意だったんですか?
菅 好きでしたが、小説家になりたいと思うほどではなかった。そういえば、小学生のとき、作文で学校代表に選ばれたことがありましたね。いや、今思い出しました(笑)。
「“学校の勉強”は社会では役立たない」と言う人は、表面的にしか見ていないだけ
――『京大中年』は、同じ小説でも、現在の菅さんが、過去の自分や宇治原さんへ手紙を送る手法で書かれています。
菅 『京大芸人』『京大少年』のような小説は、もう書けることがわかったんです。そういう小説を書くことに飽きた部分もある。『京大中年』を具現化するためには、どう書いたらいいか。飽きずに最後まで楽しく書ききれる、違った小説にしようと思いました。
――どんな方に読んでほしいですか?
菅 「学校の勉強には意味がない」、「学校の時間は無駄だ」と思っているような人にこそ、読んでほしいですね。「学校の勉強は社会では役立たない」と言う人がいますが、それは表面的にしか見ていないから。「数学の公式なんて、社会では使わない」とかね。そうじゃなくて、数学的思考、国語的思考が必要なんです。たとえば、悲しいときに、その気持ちをどれだけ因数分解できるか。悲しさのなかにある感情や要因を分解して潰していけば、悲しさを乗り越えるための解決策が見えてくるでしょう。
――感情的にならずに冷静に分析するということですか。
菅 感情的になってもいいんです。僕も宇治原さんも実は感情的な人間です。ただ、感情的な事柄も、また別の目で、俯瞰で見ている。憂さ晴らしで飲みに行っても、結局何も解決できないでしょう。ところが、今の問題を書き出していくと、その先が見えてくる。
――菅さんにとっては、学校での勉強がすべて今に繋がっている。
菅 繋がっていないのは、ピアニカぐらいかなあ(笑)。苦手だったんですよね。つまりね、誰しも苦手なことはあるということ。勉強は、めちゃくちゃできなくてもいいんです。クラスで一番じゃなくても、平均的でいいんですよ。自分が楽しいのが一番。僕はゲーム好きなんですが、下手なんですよね。それでいいんです。できる人と比較してもしょうがないから。
――この3部作は、どんな順番で読んでほしいですか。
菅 『京大中年』を読んで面白いと思っていただけたら、遡って『京大芸人』や『京大少年』を読んでいただければ嬉しいですね。もちろん、『京大芸人』から順に読んでいただいてもいい。
――宇治原さんは『京大中年』について何かおっしゃいました?
菅 「めちゃくちゃ面白かった」と言ってくれました。ほっとしました。宇治原さんが良いと言ってくれるなら、きっと売れるから(笑)。
――お互いの仕事について話されることはありますか。
菅 ふたりで長くやっていくためには、お互いが独り立ちしていないといけない、と。そういう意味では、今後どんな仕事をするかは相談しますね。より長く続けるためにはどうすればいいか。ありがたいことに、僕たちは、一度いただいた仕事を長く続けられています。チープな表現かもしれませんが、そこにはおのずと感謝が生まれてくるんです。そしてまたそこから、仕事の継続につながっていく。
――そんなふうにブレずに生きるのは難しいことですが。
菅 自分のためになることをするってことでしょうか。人のために何かをするのは好きじゃないんですよ。「人のため」って言うと、ええように聞こえるけど、まずは自分が利益を得ることが大切でしょう。自分が利益を得ていないのに、まわりに利益を与えることなんてできません。
――今後、書きたい題材はありますか?
菅 子育て本は書きたいですね。僕も宇治原さんも子育て中だし、それぞれに考え方も違う。うちの家では、僕と妻と子供の3人が「並列」です。「子供が一番」という考え方でいると、誰かが損をすることになります。子供のために親が何かを犠牲にするのは、結局よくないんです。
子供が受験する時期になっても、僕は勉強しろとは言いません。ただ、「学校から呼び出されるような、俺に迷惑をかける勉強の仕方はやめてくれ」と言うかも。勉強することは大切だけど、大学がどこかは重要じゃない。受験のためにどんな勉強をしたかが大切。でも、うちの子供と宇治原さんの子供が入学する大学が逆だったら、それはそれでネタにしたいですね(笑)。
――『京大老人』は十数年後、手法や書き方も変わっていそうですね。
菅 15年後に世の中がどうなっているかなんて分からないですからね。書籍も形が変わって音声メディアになっているかもしれないし。逆に、その時代に合ったものにするんでしょうね。ただ、僕と宇治原さんの変わらないスタンスとか、おしゃべり感みたいなものは出したいですね。
――ありがとうございました。
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