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プーチンの戦争

2023.06.23 公開 ポスト

プーチンはゼレンスキーに勝てるのか。日本が向き合わなければならない現実とは中川浩一

「プーチン氏はクリミア半島を手放してまでこの戦争を停戦に持ち込むつもりは毛頭ないようです。メフメト2世やピョートル大帝も成し遂げられなかった黒海を内海とする夢を、皇帝になる野心を、変わらずに持ち続け、密かに心をたぎらせているのではないでしょうか」——。ロシア・ウクライナ情勢のこれまでと今後の展開、日本が向き合わざるを得ない現実を、外交のプロがわかりやすく解説した注目の新刊『プーチンの戦争』(中川浩一著)から、「はじめに」をお届けします。

*   *   *

はじめに

私は外務省時代、外交官として一時期、戦時下のバグダッド市内にある在イラク日本大使館で勤務しました。

銃弾やミサイルが飛び交い、爆弾が炸裂する日々のなかで脳裏をよぎったのは、母国日本の平和で安穏な日常生活でした。

戦争とは無縁のあの生活を、日本人はいつまで享受していられるだろうか、と漠然と不安を抱いたことを覚えています。

帰国後15年、その予感がまさか的中したというわけではないでしょうが、日本が防衛費を2倍に増やし、アメリカから弾道ミサイルを購入するなど戦争に備えて準備を始めるようになろうとは夢にも思いませんでした。

2023年春、ニュースは、1年前にウクライナで勃発した戦争が、長期戦に及ぶことを伝えています。

(写真:iStock.com/Hammad Khan)

有事や戦争は、自分たちとは無縁の遠いところに存在するものではなく、ある日、突然牙を剥むいて襲いかかり、平穏な日常を戦場に変える、想像もできない恐怖と残虐性を秘めています。

今、ウクライナで行われている戦争は、両国が一斉に始めたものではなく、ロシアが隣国に通告なしに一方的に攻撃を仕掛けたものです。

日本は三方で、海を隔て日本を敵視し核兵器を保有する専制主義の覇権国家と対峙(たいじ)しています。

地政学的にも逃れようのない、世界で最も危険な国です。

隣国の中国は、日本が日米同盟のもとで経済大国となり、平和を享受している間に、世界の工場といわれる経済力で着々と防衛力を増強し、すでに人口30万人以上のすべての日本の都市に照準を合わせて、弾道ミサイルを配備し終えたといわれています。

それらには核ミサイルが搭載可能なのです。

中国は今や、恒常的に日本の領海内に侵入し、2022年8月、ついに日本のEEZ(排他的経済水域)内に狙いを定めて弾道ミサイルを着弾させました。

この日を境に、日本は戦争の脅威が間近に迫っていることを意識させられ、危機にさらされることになりました。

でも、

日米同盟があるのでだいじょうぶ。

専守防衛を掲げているからだいじょうぶ。

憲法9条の平和憲法があるからだいじょうぶ。

国連が、国際法が世界平和を守ってくれるからだいじょうぶ。

民主主義が、平和をもたらしてくれるからだいじょうぶ。

……などと、思っていませんか。

そう思いたい気持ちはわかりますが、その理屈が通らないのは、ウクライナを見れば明らかです。

戦争は、まさにそれらの「だいじょうぶ」を根こそぎ破壊し、全滅させる行為だからです。

イラクやイスラエルやパレスチナで、日常的に見慣れた、銃を持つ市民の姿は今、ロシア、ウクライナ、そして台湾でも見ることができます。

日本人だけが銃を持たないですむ時代が、この先、いつまで続くかは誰にもわかりません。

それを知っている唯一の人物がいるとしたら、日本に攻め込む策略を日々練っている隣国の最高指導者ということになります。

ロシアに攻め入られたとき、逃亡先を確保し逃げることをアメリカから勧められたウクライナのゼレンスキー大統領は、「逃亡先の代わりに武器を!」と言い放ち、母国ウクライナを守るために、自ら国民の先頭に立って戦うことを決意。その精神は今も変わることなく、戦い続けています。

その姿を見て、ウクライナ国民もまた、自国のために戦うことを選びました。

戦争は、いったん始まれば、ウクライナのように男女差なく、国民も銃を手にとり戦うしかない。

台湾では2023年に入り、中国による圧力がますます強まり、軍事侵攻の危機感が高まる中、有事に備えて小学生でも軍事訓練に駆り出されています。

小学6年生の男の子がピストルを握り、実戦の動きを取り入れた射撃訓練を行っています。訓練で使用される弾はプラスチックですが、銃の形や重さは軍が使っているものとほぼ一緒です。

感情や思想を超えて、自分を護(まも)るために、家族を護るために、国を護るために戦う、それが戦争なのです。

さて、私たちの国の総理大臣や首脳陣は、相手国が日本に攻め入ってきたとき、ゼレンスキー大統領のように、日本を守るために国民の先頭に立って戦うことを決意し、戦い続けることができるでしょうか。

私たちもまた武器をとり、自国を護るために戦うことを選ぶ日が、遠からず来ないという保証はありません。

唯一、隣国の最高指導者が、戦争をすることがいかに愚かであるかに気づき、平和で経済的に豊かになる道を歩む方が、戦争をするよりはるかに国民を幸福にするということに目覚めたとき、戦争の危険は去ります。

その賢明な選択肢を選ぶことを願うばかりですが、残念ながらその可能性は高くないかもしれません。

日本もまた、相手国の最高指導者に戦争をさせないために、戦争を回避させるために、同盟国アメリカとともに、国民あげて平和を守るために備え、そのためにできることに全力で取り組まなくてはなりません。

そして、何としても、日本を敵視する国の、戦争を起こそうとするその芽を摘まなくてはなりません。

そのためには、日本は、さらなる経済力、技術力、防衛力に裏打ちされた、大胆かつ繊細な外交を推し進める必要があります。

そして、最悪の事態を招かないために、国民が今、何を成すべきか、何を行うべきかを、日常のレベルで考え、行動しなくてはなりません。私たち一人一人が、その現実に目を背そむけず、真正面から向き合うことでしか、この危機を乗り越える道はありません。

今、アメリカはじめ西側陣営が、ウクライナに物資や武器を供与し、後方支援でともに戦っているのは、この戦争が民主主義陣営対専制主義陣営の戦いであると同時に、自分の持ち場で一人一人、自国のために命がけで戦うウクライナの人々の姿を、世界は見過ごし、見捨てることができないからです。

日本では、まだ銃弾の飛び交う戦争は始まっていません。

しかし、戦争を起こさないためには、私たちの日常に、すでに平和を脅(おびや)かす様々な要因やリスクがあることに気づかなくてはなりません。そのリスクを見つけたら、すぐに声をあげ、皆と共有し、その芽を早めに摘むことが肝要です。

そんな一人一人の日常の心構えとその積み重ねと日々の努力が、私たちの命を守り、日本に戦争を仕掛けてくる国への強固な抑止力となり、何より私たちの国の平和を維持する力となるはずです。
 

*   *   *

(本書目次 一部抜粋)

第1章 プーチンはゼレンスキーに勝てるのか
年の差26歳の2人の大統領、しぶといのはどちらか/動員令をすんなり出すプーチンの本性を甘く見るな/黒海に面した白亜のプーチン宮殿/ユダヤ人であるゼレンスキーはウクライナで戦い続けられるのか……

第2章 戦争犯罪人 プーチンを裁けるか
国際刑事裁判所がウクライナに捜査事務所を設立/巨額な賠償金を払わせるためには、全面降伏が必要/アメリカはなぜ、プーチンを裁けないのか/「民主主義国家が増えれば戦争がなくなる」のウソ……

第3章 プーチンはスマホに勝てるのか
CIA職員は絶対に市販のスマホを持たない/スマホは戦場で命を落とすツール/日本ではなぜ、核シェルターが普及しないのか/サハリン2からわずか3日で届くLNG……

第4章 プーチンは核を使えるのか
もし日米同盟が廃棄されたら日本もウクライナのようになるのか/日本の常任理事国入を阻むロシアと中国の壁/ロシアに狙われた専守防衛の残酷と罪/アジア版NATO構想は実現可能か……

関連書籍

中川浩一『プーチンの戦争』

日米同盟があるので大丈夫……などと思っていませんか。 その理屈が通らないのは、ウクライナを見ると明らかです。 私たち一人一人が、その現実に目を背けず、向き合うことでしか、この危機を乗り越える道はありません。

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プーチンの戦争

ロシアによるウクライナへの軍事侵攻が始まって、まもなく1年半がたちます。いまだに終わりの見えない戦争の現状とこれからの展開、そして日本が向き合わざるをえないシビアな現実とは……。安倍晋三元総理の通訳をつとめた元外務省交渉官・中川浩一さんによる注目の新刊『プーチンの戦争』から内容の一部をご紹介します。

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中川浩一

1969年、京都府生まれ。慶應義塾大学卒業後、1994年外務省入省。1995年~1998年、エジプトでアラビア語研修。1998年~2001年、在イスラエル日本大使館、対パレスチナ日本政府代表事務所(ガザ)、アラファトPLO議長の通訳を務める。2001年~2004年、条約局国際協定課、2004年~2008年、中東アフリカ局中東第2課、在イラク日本大使館、2001年~2008年、天皇陛下、総理大臣のアラビア語通訳官(小泉総理、安倍総理〈第1次〉)。2008年~2011年、在アメリカ合衆国日本大使館、2012年~2015年、在エジプト日本大使館、総合外交政策局政策企画室首席事務官、大臣官房報道課首席事務官、地球規模課題審議官組織地球規模課題分野別交渉官を経て2020年7月、外務省退職。2020年8月から国内シンクタンク主席研究員、ビジネスコンサルタント。著書に『総理通訳の外国語勉強法』(講談社)。

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