ロシアによるウクライナへの軍事侵攻が始まって、まもなく1年半がたちます。いまだに終わりの見えない戦争の現状とこれからの展開、そして日本が向き合わざるをえないシビアな現実とは……。安倍晋三元総理の通訳をつとめた元外務省交渉官・中川浩一さんによる注目の新刊『プーチンの戦争』から内容の一部をご紹介します。
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最後通牒を突きつけられたプーチン
国際刑事裁判所(ICC)から逮捕状を出されたプーチン大統領は、ICCの締約国123カ国に足を踏み入れた場合、直ちに身柄を拘束される可能性があります。
ドイツとオーストリアは、プーチン大統領が入国したら逮捕すると、公式に発表しています。
しかし、EU加盟国でNATO(北大西洋条約機構)加盟国でもあるハンガリーは、隣国ウクライナ西部のハンガリー系住民が多い地域をめぐってウクライナと関係が悪化。ハンガリーはウクライナ侵略を続けるロシアへの制裁にも反対しており、NATOの結束に影を落としています。
ICCのプーチン氏への逮捕状の発行は、ロシアの友好国の結束にも影を落としています。
ロシアが加盟する新興5カ国の枠組みBRICSのメンバー国のブラジルと南アフリカ、そして、反米の価値観をロシアと共有してきたベネズエラもICC締約国です。
旧ソ連構成国でつくるCIS(独立国家共同体)のメンバーはロシア以外に8カ国ありますが、ICC締約国はタジキスタンとモルドバの2カ国のみです。
未批准の署名国はウズベキスタン、キルギス、アルメニア。そして、非締約国は、カザフスタン、ベラルーシ、アゼルバイジャンの3カ国です。
「タジキスタンにも行けなくなる!」
とロシアの独立系メディアは、プーチン氏らへの逮捕状の発行はクレムリン(大統領府)にとって想定外で、ロシアにとって衝撃だと伝えています。
タジキスタンは、ロシア軍が駐留する友好国ですが、ICC締約国のため、プーチン氏が訪問すると、逮捕される可能性があります。
その他、これまで自由にプーチン氏が往来していたCISの友好国にも、今後、訪問をためらう事態も予測されます。
プーチンは南アフリカを訪れる?
一方、微妙な立ち位置なのが、ウクライナ侵攻後もロシアと一定の中立を保ち続けるインドです。ICC非締約国ながら、インドのモディ政権が、プーチン氏の逮捕状をどう受け止めるかは不透明です。
中国もまたICC非締約国ですが、2023年3月の訪露時に習近平国家主席は、2023年度中に計画している「一帯一路」の国際協力サミットフォーラムにプーチン氏を招請しました。逮捕状の「無効」を訴え屈しない立場を貫くためにも、ここは是が非でもプーチン氏としては、訪中に前向きにならざるを得ません。
中国の他は、ロシアと親密なトルコ、北朝鮮などICC非締約国は限られており、今後はそうした国々と関係を深めていくしかありません。
今後、ロシアは、「容疑者」扱いの人物を大統領に担いでいる間は、ICC非締約国以外の多くの国々と、まともな外交のテーブルにつけるとは思えず、国際社会から最後通牒を突きつけられたプーチン氏の外遊は大きく制限され、不利になるのは明らかです。
しかしながら、プーチン氏が、国際会議の出席を見送れば「逃げている」との印象を内外に与えかねず、ロシアは岐路に立たされています。
当面の焦点は、南アフリカで2023年8月に開かれるBRICS首脳会議です。
プーチン政権は、米国の一極支配に対抗する多極主義の舞台として、中露主導の上海協力機構(SCO)と並んでBRICSを重視しています。万一、プーチン氏がBRICSに出席しないとなると、今後BRICSは中国主導で動くことになりかねず、ロシアにとっては憂慮すべき事態です。
ウクライナを支援する西側諸国を代理戦争の敵と見なすなか、ロシアは牽制のためにもプーチン氏の南アフリカ行きは外せないところですが、その南アフリカはICC締約国です。
南アフリカは、グローバルサウスの一角で、ウクライナ侵攻ではロシアに制裁を科す西側諸国と距離を置いています。
ロシアとしては、BRICS首脳会議に参加の道筋をつけ、2023年9月にインドで開催される20カ国・地域首脳会議(G20サミット)参加へとつなげたい。インドはICC非締約国だからです。
ただ、南アフリカがICC締約国である以上、逮捕のリスクがゼロになったわけではなく、プーチン氏の出席をめぐり混迷する南アフリカは、仮にプーチン氏が出席した場合の対応についても、ICCに法的助言を求めたいとしています。
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