無一文かつ人力のみで世界一周を目指す……こんなクレイジーな日本人、見たことない! ヒマラヤ山脈をママチャリで越え、インド最南端からエベレスト頂上まで人力のみで登頂し、手漕ぎボートでガンジス川を海まで下り、イギリスの人気オーディション番組でマジックを披露。そんな無謀で痛快な旅の模様をつづった岩崎圭一さんの紀行エッセイ、『無一文「人力」世界一周の旅』から一部をご紹介します。
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韓国でお世話になったシムさんへの恩返しに、植林作業を手伝うことに
翌日から早速、近くの裏山で植林作業をしている植木屋のメンバーに加わることになった。職人さんの数は8人で、20代後半から、50代と思われる人までいた。誰一人日本語はもちろん、英語も通じない。
私の面倒を見てくれることになったのは、パクさんという人で、歳は29歳の私と同じくらいだろうか。
とても陽気で、韓国語がさっぱり分からない私にも、ちょこちょこ話しかけてくる。行動だけ見ていると、お笑い芸人のようだ。
穴掘りの作業をしていると、パクさんが時折「ノーノー」と言いながら、もっと腰をいれて深く掘るようにと、ジェスチャーで示してくれる。
数日するとパクさんの色々な面が見えてきた。仕事を始めて1時間はサボらずに一生懸命こなし、ものすごくしっかりと指導をしてくれる。
だが時間が経つにつれ、ちょこちょことサボり、手抜きが出てくる。さらに時間が経つと一服と称しては、休んでばかりになる。休んでくれると私も休めるので楽だが、そのぶん仕事が遅々として進まないので、効率はかなり悪くなる。
職人さんたちは「オヤジ」と呼ばれる棟梁の家に一緒に住んでいる。皆で共に食事をし、6畳間に3人くらいずつ分かれて寝る。
ある日のことだ。職人の一人、ヨウさんが言った。
「ドグは食べられるか?」
そんなようなことを言いながら、口にかき込む仕草をしている。
「ドグ?」
首をかしげ、紙とボールペンを渡す。言葉の通じない私達にとっては、紙に描写するのが何より手っ取り早い。
でも絵を描いてくれても、さっぱり分からない。4本足? 狐? なんだろう。「うーん」とずっと首をかしげていると、ヨウさんが、アルファベットで「D・O・G」と紙に書いた。
それで分かった。「ドッグ(犬)」だ。
たしかに韓国では犬を食べると聞いたことがある。
ヨウさんが、台所のガスコンロで火にかけられている巨大な鍋を指差した。すでに調理は始まっているらしい。犬を食べるなど想像したこともなかったが、どんな味か興味も少々あった。
「オッケーオッケー」
「残さず食べる」をモットーに生きてきたが…
やがて、鍋の中身を移したどんぶりが、居間のテーブルに運ばれてきた。顔を近づけるまでもない。昔、実家で飼っていた犬と同じ、いわゆる犬の匂いがする。
仮に、最初に何の肉か教えてもらってなかったとしても、匂いを嗅げば、100%犬だと気づいただろう。テーブルに充満した匂いで、食べる前から食欲がうせてしまった。
私は「好き嫌いなくなんでも食べる」「残さず食べる」をモットーに生きてきた。
だから、せめて自分の分だけは食べようと、目の前の器に盛られた肉を、必死で口に運んだ。オヤジが片腕をポパイのように折り曲げて、もう一方の腕で「食べろ、食べろ」という仕草をする。これを食べると元気が出ると言いたいのだろう。
口に入れるとさらに強烈に匂いを感じる。一刻も早く飲み込みたいのだが、肉質がかなり筋張っていて、顎が疲れるまで嚙んでもなかなか飲み込めない。時折キムチを口に放り込み味をごまかし、一緒に嚙んでなんとか飲み込む。周りの職人さんたちはモグモグと普通に食べている様子。必死なのは私ぐらいだ。
隣に座っていたアジシと呼ばれるおじさんが、いきなり自分のどんぶりから山盛りのお肉を取り出し「食え食え」と私に足してくれた。「げっ!」と思ったが、時すでに遅し。戻すわけにもいかず、小声で言った。
「カッ、カムサハムニダ(ありがとう)」
最初以上に増えた。なんてことだ。とにかくキムチとご飯を一緒に口の中に入れて、味をなるべく感じないようにして食べる。しかしなかなか進まない。
オヤジが席を立ち、台所の大鍋を居間のテーブルの真ん中に「ドン」と置き、中から肉の塊を取り出した。形ですぐに分かった。足だ。肉球こそついていないが、間違いなく、犬の後ろ足だ。
「そっ、それをどうするつもりか?」
と恐る恐る見ていると、オヤジはニコリとしてそれを私のどんぶりの上に置いた。
「ギャー」
心の中で悲鳴をあげた。
「なななな……足」
白い骨に肉が付いている。オヤジが満面の笑みで「食え、食え」とジェスチャーをする。すでに腹は十分、心も胸一杯だったので、腹に両手を当てて、
「もう腹一杯です」
の仕草をする。とてもじゃないがこの足は食べられない。完全に見た目だけでノックダウンだ。
するとオヤジは「そうか」と少し不満そうに頷き、私の目の前の肉を手で摑み取り、チキンの足でも食べるかのように「ムシャムシャ」とかぶりついた。
すっ、すごい光景だ。
オヤジの家の子供も、私達の食卓に来て、肉をつまんで食べている。
日本の納豆が外国人には得体の知れない味だと聞いたことがあるが、小さい頃から食べ親しんでいる私達には美味しい。それと一緒なのだろうか、とつまみ食いするオヤジの子供達を見て思った。しかし、私はもう二度と犬はこりごりである。
無一文「人力」世界一周の旅
無一文かつ人力のみで世界一周を目指す、まさに「クレイジージャーニー」! ヒマラヤ山脈をママチャリで越え、インド最南端からエベレスト頂上まで人力のみで登頂し、手漕ぎボートでガンジス川を海まで下り、イギリスの人気オーディション番組でマジックを披露……。そんな無謀で痛快な旅の模様をつづった岩崎圭一さんの紀行エッセイ、『無一文「人力」世界一周の旅』から一部をご紹介します。