無一文かつ人力のみで世界一周を目指す……こんなクレイジーな日本人、見たことない! ヒマラヤ山脈をママチャリで越え、インド最南端からエベレスト頂上まで人力のみで登頂し、手漕ぎボートでガンジス川を海まで下り、イギリスの人気オーディション番組でマジックを披露。そんな無謀で痛快な旅の模様をつづった岩崎圭一さんの紀行エッセイ、『無一文「人力」世界一周の旅』から一部をご紹介します。
* * *
ママチャリで越えるヒマラヤ最後の峠。体調不良の同行者のためヒッチハイクをしていると…
ティンリーは幹線沿いに店が何軒か並んだだけの小さな町だった。近江さんと停車している車に片っ端から声をかけるが、どれもラサ方面に向かう車ばかり。一人トラックの運転手が「いいよ」と言ってくれたが「1000元(約1万5000円)」と、高すぎて話にならなかった。
そうこうしているうちに、ラサ方面に続く道に、あきらかに車ではない奇妙な小さい物体が見えた。次第にそれがこちらにゆっくりと向かってくる。
「自転車だ!」
ゆっくりと近づいてくる自転車を眺めていると、見覚えのある姿だった。
「近江さん! マロさんですよ!」
近江さんも道路に走り出て、道の真ん中でゆっくりと近づいてくるマロさんを待ち受けた。声が届くほどの距離になると、マロさんがハンドルから片手を離して手を振った。
「おーい!」
私たちは、道の真ん中でもお構いなしに、抱き合って再会を喜んだ。
話に夢中になっていると、町の入り口近くにランドクルーザーがやってくるのが視界に入った。
「ランクルだ!」
私たちは話をやめ路上に飛び出し、大きく手を振って存在をアピールする。目の前に来た車がピタリと止まった。運転手さんに駆け寄り、片言の中国語で尋ねる。
「どこへ向かっているのですか?」
「ニャラムだよ」
ニャラムは峠の向こう、ジャンムまで30kmのところにある町だ。峠を越えたい近江さんにしてみれば、バッチリな場所だ。
「後ろのトランクでいいので、乗せてくれませんか?」
座席は人で一杯だったが、後部トランクの荷物は比較的少なかった。私が近江さんに状況を説明していると、後部座席の人が日本語で話しかけてきた。
「日本人ですか?」
てっきり乗客は中国人だと思っていたのだが、日本人だったのだ。驚くほど簡単に話はまとまり、近江さんは後部トランクの補助座席に乗せてもらえることになった。
近江さんが乗り込むと車があっという間に小さくなり、砂煙と共に平原に消えていった。
「山々の終点」の証、タルチョ(風馬旗)を目指して
残った私とマロさんは再び旅路を共にし、ネパールを目指すことになった。
チベット~ヒマラヤ越えの最後の峠は、5000mを越える峠が2つ連続している。ひとつ目を越えたら4km下り、さらに7km進むとまたすぐに次の峠だ。今日、順調に進めば、2つとも越えられる。
あたりに植物の姿はない。土と岩だけの山が目に入ってくるだけだ。
いつの間にか降っていた雨が雪に変わっていた。標高と共に気温も下がっているはずだが、体を動かしているせいか、寒くはない。
「ハッ、ハッ、フー」
マラソンをしているかのように呼吸をリズミカルにし、一歩一歩、自転車を押しながら進む。カーブに差し掛かるたびに、向こう側に頂上の証であるタルチョがはためいていることを願ったが、あるのは大きく蛇行しながら岩山を登っていく道だけだ。
やがて、少し平らなところに出た。
「ここが頂上?」
あたりを見回すがタルチョは見当たらない。
「2つある峠のうち、高い方にしかないのかも」と考え、先に進むと急にタルチョが現れた。
「ここか!」
二人で、まずは第一の峠への到着を祝う。
そこからも、マロさんが先を行き、私がその後をついていく。遠くに雪山が見え、峰々の頭に雲がかかっている。道端に標石を見つけるたびに「あと6km、5km、4km」とカウントする。
次のタルチョは頂上の目印であると同時に、私達にとって「山々の終点」でもある。そこからネパールまでは、一気に下りになる。縦方向に並んで自転車を押していたが、いつしか歩調を合わせ平行に並んでいた。道の遥か前方にこの土の世界に似つかわしくない異物が見えた。
「あそこに何か立ってる!」
「ホントだ!」
マロさんが返事をする。その何かは言葉に出さなくても分かっていた。力を振り絞って、二人で進む。一歩、また一歩。そしてとうとうタルチョの足下に来た時、二人とも思い切り腹の底から叫んだ。
「つ、着いたー!」
最高の気分だった。シンガポールで船に乗れず、チベット行きを決心してから、ずっとこの瞬間を待ち続けていたように思う。
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