日本語学の第一人者で、著書『日本語が消滅する』を上梓した山口仲美さんは、日本の女性研究者の草分けの一人としても知られています。しかしかつては、「女性だから」という理由だけで博士課程進学を拒否されるなど、大きな挫折を経験してきたそうです。このような挫折を、山口さんはどのように乗り越えてきたのでしょうか? ご本人にうかがいました。
* * *
自分を信じていれば道は必ず開ける
── 先生の仕事の速さと妥協のなさに感銘を受けたのですが、昔からそうだったのでしょうか?
いいえ、鍛えられたんだと思います。実は私、若いときに大きな挫折をしているんですよ。当時は、「女性が研究をするなんて生意気だ」と思われていた時代です。それで私、大学院の博士課程に入れてもらえなかったんです。
どうせ結婚して研究をやめるんだから意味がないとか、女性で博士課程に進んだ人はいないとか、教官が指導するのを嫌がっているとか、理由を3つくらい挙げられて進学を拒否されてしまったんです。
でも、大学院まで行ってしまうと、途中で挫折しても潰しがきかないんです。それで本当に困ってしまって、結局、それしか能がないので、泣きながら論文を書き続けていました。
── どれくらいの間、恵まれない時期を過ごされたんですか?
8年間ですね。不思議なもので、そういうときは世の中が本当に灰色に見えるんですよ。桜が咲いても、灰色なの。どうせ私なんかダメだとか、そんなことばかり思っていました。
でも、地べたに這いつくばって、歯を食いしばって論文を書き続けているうちに、論文を書くうえで大事なことがだんだんわかってきたんです。1つは、徹底的に調査し、分析すること。もう1つは、その結果見えてきたことが何を意味しているのか、なぜそうなるのか、徹底的に考えること。
この2つを、会得することができたんです。それが今に活きているのかなと思います。
こうして論文を書き続けているうちに、8年めにようやくそれまでの論文が認められまして、「日本古典文学会賞」をくださるという通知を受け取ったんです。なんだか夢みたいで、すごく嬉しかった。「研究を続けてもいいんだよ」と言われた気がしましたね。
── もし先生が男性だったら、もっと早く認められていたでしょうね。
だいぶ損をしたなと思うところもありますが、あとになってみると宝物ですね。こんなに鍛えてくれることってありませんから。挫折をどうやって乗り越えるか、それがその人のその後を決めると思います。
学外の人は「あなたの論文、いいんじゃない」とアメをくれる。学内の人は「お前なんかダメだ」とムチをくれる。アメとムチが、ちょうど両方あった。それが私にとって幸いなことだったなと、今は感謝の気持ちです。
読者の方の中にも、挫折のただ中にいらっしゃる方がいるかもしれません。そういう方に、私はエールを送りたいです。自分を信じて頑張ってください。道は必ず開けます。
目標を持って一歩ずつ達成する
── 先生は数年前、大腸がんとすい臓がんを経験されました。その経験は『大学教授がガンになってわかったこと』という本にまとめられていますが、現在はとても健康的で若々しくいらっしゃいます。何か秘訣はあるのでしょうか?
無理をしないということが大事ですね。私、大腸がんの手術をしたあと、もう手術したから大丈夫と過信してしまったんです。それで無理をしてしまいました。
4年後、すい臓がんになったときは、さすがにもう死ぬと思いましたね。当時、すい臓がんの5年生存率はわずか4パーセントでした。すい臓がんは固形がんの中で、生存率がだんとつ低いんです。
自分の寿命が長くないと思ったとき、じゃあ今のうちに研究論文をまとめておこうと思って、3年がかりでまとめました。まとめ終わっても、まだ生きている。だから、ずっと気になっていた日本語の危機についての本を書こうと思いました。これも2年がかりでまとめて、今回の『日本語が消滅する』という本になりました。
こんなふうに無理をしないで、しかし目標を持って一歩ずつ達成しようとすることが、もしかしたらいいのかもしれません。
── 『日本語が消滅する』を書くにあたって、膨大な数の資料を読まれています。どう整理されているのでしょうか?
私の資料の整理はすごく大ざっぱで、テーマごとにカゴを7つか8つくらい置いておくんです。そして、読んでいて、これは大事と思う所を抜粋して、当てはまるカゴに入れていく。カゴの中の抜粋資料がたまってきたら、必要な調査を行い、さらにテーマを絞り込んで練る。十分に練られてきたら書くようにしています。
── 情報はどんな媒体から得ることが多いですか?
やはり本ですね。本というのは筆者が調査したり、資料を確認したり、考えを深めたりして書いているので、信頼度が高いんですね。でも、本ではどうしても得られない情報もあります。それは最新情報です。最新情報がほしいときは、インターネットも使います。
でも、情報を集めたり、調査したりしているより、考える時間のほうがずっと長いです。集めた情報や調査結果が何を意味しているのか、考察する時間のほうが大事ではないかと思います。
── 最後に、読者の方にメッセージをお願いします。
それは決まっているわ(笑)。私が心をこめて書いた『日本語が消滅する』、ぜひ楽しんで読んでいただきたい! ということです。よろしくお願いします。
※本記事は、 Amazonオーディブル『武器になる教養30min.by 幻冬舎新書』より、〈【後編】山口仲美と語る「『日本語が消滅する』から学ぶ日本語の魅力」〉の内容を一部抜粋、再構成したものです。
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