6月に『京大中年』を上梓したお笑いコンビ・ロザンの菅広文さんと、4月に『夢と金』を刊行したばかりのキングコングの西野亮廣さん。
長年にわたって親密な関係を築いているお二人による対談、最終回!
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お客さんが離れる境界を、僕たちは舞台で学んできた(西野)
――お二人とも文章面で、お喋りの経験などが生かされていますか。
菅 西野はお母さんに読んでもらうことを想像するって言ってたけど、僕はネタとかもそうですけど、宇治原さんを想像してますね。それでおもろいかどうかって考えてます。だから四〇代後半の男性は笑うやろなとか、そういう感じになりますね。西野も難しいこと書いてるところもあるから、いかに簡単にするかみたいなことをやったんじゃないのかな。
西野 まあ、そうですね。あと、菅さん、ずっと文章書かれてるじゃないですか。毎日noteに書いて、毎日、ユーチューブで喋られてる。打席数がすごい。
これ以上この説明をしてしまうとお客さん離れていくとかいうのは、劇場でもずっとやってきてるわけですから、そこの経験値っていうのはありますよね。
菅 それはあるかもしれんね。そんなに器用じゃないんですよ。ただ、作ってる料理には自信がある。実体験に基づいてる。例えばこの『夢と金』も、どれぐらいで書いたんですかって聞かれて一カ月ですっていう話だったとしても、実際には一カ月で書いた本じゃないですよね。
西野 これまでの自分ということですね。
菅 全ての人生が入ってる。僕の場合は20年ぐらいが詰まってる。そういうことなのかなと思ってます。
西野 小難しい系の本とか読んでると、例1、例2、例3とかで、例6あたりまで行くんです。いやいやこっちは例2で全部わかったから、次の話をしてくれ、と思ってんのに。
菅 わかる、わかる。
西野 書き手は調べたものを全部出したいのかもしれないですけど、例6とか例7は、もういいよってなりますよ。僕たちは劇場でウケるスベるでやってるから、これ以上は絶対聞いてくれないってわかってしまいます。テキストでもそうですよね。どんなにいい情報であったとしても、離れていく。
菅 ツイッターとかでも、横から失礼します、みたいな人がいるじゃないですか。あれは読んでくれると思ってんの? って思いますよね。なんで失礼をできると思ったん? って。そんで、すごく長いよね。横から失礼します、が長いんですよ。
西野 長い、だいたい長い。
菅 そういう訓練は多分二〇代の頃から二人ともめっちゃしてきたと思うんですよ。聞いてもらう努力は。人は基本的に聞いてくれないんで、どうやったら聞いてくれるかみたいな。身につけた手段。
西野 そうなんですよ。クラウドファンディングのプロジェクトって、プレーヤー(企画者)による説明が必ずあるんですが、長いやつはめっちゃ長いんですよ。僕は鹿児島県生まれでどこどこの三男で……とかいきなり語り始めたりする。待て、と。お前の話聞くってまだ言ってないよ、こっちは、って。
自分たちは最初ゴングショーからなんですよ。オーディションに1分ネタを用意していって、それも1分全部できるわけではなくて、最初滑って、もう一回滑ったあたりで、カーン。1カ月かけて用意して、場合によっては15秒とかで終わっちゃう。まずつかまないと、ボケすら言わせてもらえない。そういうところからみんな上がってきてる。話聞いてもらうっていうことに命がけですよね。だから打席数だと思いますよ。
菅 話は一回短くしてから長くするべきなんです。自分が書いたものとか思ってることとかを、どれぐらい短くできるかっていう訓練をしてきたかどうかは、非常に大事なのかなと思いますね。
西野 最近、聖書読んだんですよ。ホテルとか泊まったら置いてるじゃないですか。聖書ってそもそも何書いてんのかなと思って。そしたらめっちゃ読みやすいんですよ。書き方から察するに多分最近の聖書なんですけど、最初にパッと結論が書いてあって、これが気になる方はこっち飛んでください。ここ気になったらこっちって、なんかブログに似てます。長文のブログってトップページにトピックが書いてあって、クリックしたら飛べるじゃないですか。あんな感じで読みたいことだけ追えるから、どんどん読みたくなるんですよね。そこの工夫とか、なるほどね、と思いました。
菅 面白いね。聖書が読みやすいって面白い。
西野 昔の聖書は知らないですけど、最近の聖書は読みやすいですよ。アップデートされてるんじゃないですか。ブログっぽかったです。
菅 読みやすいように変えていってるのかもしれへんね、素晴らしいことやね。
大事なのは、学歴より過程。過程こそ、社会で役立つ(菅)
菅 さっきの話と少し矛盾するかもしれないですけど、僕自身は学歴より過程が大事だって思ってます。でも結局、過程がちゃんとしてる人って、いい学歴なんですよ。実は。
そこすら否定するのはどうなのかなと思ったりして。宇治原さんも含めてですけど、やっぱり京大とか東大とか行く人って、過程がちゃんとしてるから合格するし、社会に出ても役立つんですよ。東大京大っていう表面的な名前のことじゃなくて、ほんまに役に立つ人間なんですよ。
京大なのにできないとか、東大なのにとか、人ってマイナスの部分を言いがちでしょう。でも飛行機今日もちゃんと飛びましたって言わないじゃないですか。飛行機は落ちた時しか話題にならへんけど、それと一緒です。東大京大で仕事できへん人もおる。そらおるよ。けど、仕事できる人が山ほどいますよ。
西野 それは間違いない。
――『京大中年』の中で、「勉強したら選択肢が増えると思ってたけど、そうじゃないかも」というエピソードは、笑いながら冷や汗が出ました。子供に似たことを言った覚えがあるので。
菅 面白いですよね。勉強すれば勉強するほど選択肢が増えるはずなのに、いい大学の医学部とか行ったら、もうみんな医者になる以外、認められなくなるんですよ。こんなばかげた話はないでしょ。それぐらい学力を高めたんやから、なりたいものの幅は医者以外にも広げるべきですよ。夢が変わったんやったら別に医者じゃなくてもいいと思うんですね。でもやっぱり親は求めるんですよね。
だけどまぁ、それはもうしょうがないかな。世界を狭めてんのは、申し訳ないけど身内やと思うんですよ。大人やと思うんです。でも狭めてしまっている気持ちもわかるんですよね、僕も親なんで。
――大人の自覚が必要ですね。
菅 最後はやっぱり、本人が力でねじ伏せるしかないっていうのは超本音で、それ以外の答えはないですよ。世間的には違う道に行ってもいいはずだし。でもそれを全て認めろっていうのも、また違うし。自分で努力して勝つしかない。とはいえ、結果を見せられても多分親は納得しないです。たまたまやろ、と思ってしまう。
宇治原さんとかもそうですけど、親におもろいとこ見せる子供なんています? 子供を見て、こいつおもろいなって、そりゃ思わないですよ。だってそんなとこ見せてないんやから。だけどまぁ、それはもうしょうがないかな。やっぱり結果出すしかない。
「機能」を売っている限りは価格競争に巻き込まれる(西野)
――西野さんの『夢と金』で、「機能」を売ってたらダメで「感情」や「人」を売るべきだ、という話もとても腑に落ちました。
西野 ぶっちゃけ、たくさん売るのはだいぶ難しくなってきてる。子供は減り続けていて、もうベビーブームも来ない。自分が売るものの付加価値って何なのかって考えて、たどり着いた答えは、結局、「機能以外」のことだった。今のハイブランドと言われるものはみんなそうなってる。
大変だったのは、話聞いてもらえるようになるまでめっちゃ時間がかかったことです。ていうのは、例えばこのペットボトルの水が130円で、これを180円で売ろうっていう話をしても、中身は一緒じゃないですか。僕が180円で水売ってると、大体日本だと「宗教じゃん」ってなっちゃうんですね。信者を洗脳してる、みたいな言われ方をする。そういうマインドを持ってる限り難しいですよね。だってTシャツにグッチとか書いてあるだけで値段が上がるわけですよ。機能以外のところが価値になってるわけじゃないですか。そこを説明するのにめっちゃ時間がかかる。今なお時間かかってる感じはしますね。
菅 今日のインタビューでも聖書読んでるって言ってるから、もう。
西野 仕上がってますね。聖書おもろいですよって言っちゃってるし。
菅 でも難しいね。
西野 難しいですね。「機能」を売ってる限りは価格競争に巻き込まれてしまう。それこそグローバル企業が水を50円で売るって言い出した時に、130円で売ってた人も下げざるを得なくなるわけじゃないですか。これをどう防いでいくかって考えると、いろいろとわかっておく必要があると思うんですけど、説明するコストがめっちゃかかる。
菅 答えがある話じゃないですけど、「お金」って「お金」じゃないですか。でもすごい感情が付着してますよね。負のイメージとか、その逆のイメージとか、いろんなものが付着しているものが「お金」。面白いのはそこなのかなと思ったりする。ほんまは数値であって、別に感情が伴うものじゃない。なのに感情が伴うものになってますよね。
西野 僕、そんなにたくさんの国に行ったわけじゃないですけど、いくつかの国を見て歩くといろいろ感じるじゃないですか。ちなみに言うと、僕、インド行って価値観変わったやつなんですけど。
菅 ベタやなぁ。ええなあ。
西野 インドでも、イスラム圏でも、アメリカとかでもそうですけど、普通に教会とかがあって、宗教があって、神があって、その前では嘘がつけないみたいに、信じてるものがある。犯罪者であっても祈る、みたいに圧倒的なものがあるじゃないですか。日本人はそれがないから、なんかね、お金なんですよ、宗教が。超オカネ教。
菅 なるほど、なるほど。
西野 信じられるものがそれしかないから、そこにめっちゃ感情が乗っかっちゃうんじゃないですか。他に信じられるものがあったら、お金に関係なくちょっと幸せとか、許しを得られるみたいなことがあるんですけど、日本は、お金が幸せのバロメーターになっちゃってる。お金がいっぱいあれば幸せだと信じてる。特異な国だと思いますね。日本にも当然宗教はありますけど、みんな自分が何教かもしっかり分かってないじゃないですか。そういう国は少ないです。みんなでインド、行きませんか?「俺はどの神が好き」みたいな推しの神とかいるんですよ。
菅 僕の感覚なんですけど、例えば1億円あるっていう時に、僕はそれで何を買うのかが気になって、実はこういうものを買いたいっていう、そのことが羨ましい。欲しいものがあっていいよねって思うんですけど。みんなそうじゃなくて1億円あることを羨ましがるじゃないですか。1億円いいなって。お金はツールにすぎないから、欲しいものがなかったら意味がないのに。なんか違うなと思います。
――最後、ご自分の本について一言いただければ。
菅 僕の方はいろいろお話しさせてもらいましたけど、正直、ただ単に笑わせたかったっていうのが一番大きいんで、笑っていただけたら本望です。
西野 素晴らしいですね。僕は何だろうな。別に夢を諦めるな、とか言うつもりは一切ないけど、諦める条件が揃ってなくて、全部試してないのに諦めたら納得いかないよって。もちろん第二の人生、第三の人生がいいものになればいいし、全張りできたらそれが一番幸せですよ。でも、あれやっとけばよかったな、みたいなことになるのはもったいない。あなたの知らない、チャンスをものにしてくれるかもしれないツールはあと2つ、3つあるから、それを知ってから判断しませんか。っていうようなことを書いてます。面白い本です。
――『夢と金』というタイトルも菅さんから刺激を受けたとおっしゃってましたね。
西野 僕、世間のイメージとめっちゃずれるんですけど、本当にお金に興味ないんですよ。嘘!?って言われるんですけど。でもみんな多分わかってない。予算を集めることと、自分の懐(ふところ)にお金を入れることは違います。金を稼いでる人はお金が好きで好きでたまらないと思っているかもしれないですけど、本当に興味ないんです。
贅沢にも興味がなければ、食べるものにも興味がないし、そんなことよりエンタメずっとやってきたいっていう。一貫してずっとそれなので、そのポーズとして多分、給与明細受け取らないとかお金の話一切しないっていう最初の3、4年があったんですね。菅さんにも、ずっと僕は「そういうもの一切興味がなくて、エンタメをずっとやりたいんです、やりたいことできたらそれでいいんです、それ以外何もいらないです」って言ってた。だったらなおのことお金の勉強しろよっていう。そこに繋がるわけですけど、でも確かにそうなんですよ。
今になってわかるんですけど映画撮ろうと思ったら予算が必要で、海外でなんか活動しようと思ったら渡航費必要だし、宿代必要だし、お金のことを話さなかったら結局やりたいことができない。夢も追えない。この本の冒頭にも書いたんですけど、やっぱり、夢と金って相反関係にあるわけではなくて両輪で、お金が尽きると夢が尽きる。本当にそうですよ。菅さんに会わなかったら、この本は「夢」っていうタイトルのペラッペラの本でしたね。
菅 だからその話を冒頭に書いとけって(笑)。
西野 書けばよかった。そうやね。もうなんか感情的になっちゃってたから忘れてました。でも書いたらよかったですね。今、思うと。
※このインタビューは「小説幻冬 2023年7月号」に掲載しています。
取材・構成/篠原知存 撮影/吉成大輔
菅広文×西野亮廣 対談
お笑いコンビ・ロザンの菅広文さんが『京大中年』を2023年6月に上梓。同じく2023年4月にはキングコング西野亮廣さんが、『夢と金』を刊行したばかり。長年にわたって親密な間柄のお二人が、ほぼ同時期に幻冬舎から出版されるのも何かの縁。対談が実現しました。