6月21日に発売した『アリアドネの声』が話題沸騰中の井上真偽さんと、大学在学中に発表した『名探偵は嘘をつかない』でデビュー後、ミステリー界の第一線で活躍を続ける阿津川辰海さんの共演が実現。いま最も熱いお二人の対談をお届けします。(2023年7月25日対談)
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ミステリーの捉え方
阿津川 井上さんでしたら例えば『ムシカ』ではホラーを扱っていたり、色々なジャンルを書かれていますよね。やっぱり書けるものの可能性を広げているということですか?
井上 作風を模索しているという部分は確かにありますね。でも、自分はどちらかというと「書きたいものが色々ある」と言った方が正しいかもしれないです。頭の中には今書きたいと思っているネタが沢山あるんです。でもあまりにも多すぎて、多分死ぬまでに書ききれない(笑)
だからネタの中から、どういう順番で世の中に出していくかということを考えています。その中には本当に全然ミステリーじゃないものもあります。でも、それを出して今の読者に受け止めてもらえるか。そう考えると、今はミステリー以外の作品を出すタイミングがないんですよ
阿津川 『ぎんなみ商店街の事件簿』はまさにミステリーでしたが、『アリアドネの声』も色々なジャンルの良さを取り入れているとはいえ、やっぱりミステリーの技巧を使われていましたよね。特にラストは、やっぱりミステリー的な仕掛けだったと思います。たくさんのアイデアがある中で、ミステリー的な要素があるものを優先して書いているということですか?
井上 そうですね。やっぱり今はミステリー的な作品を出した方が良いのかなという判断です。
阿津川 編集部の要請もありますか?(笑)
井上 そういうわけじゃないですよ(笑)自分はどちらかというと、作品が書けると一方的に編集者さんに送りつけるタイプです。なので、あまり原稿の約束をしないので、そういう意味で編集者さんには申し訳ないと思っています。『アリアドネの声』に関していえば、救助物を書くと決めた時から、ストレートに救助物にしても面白くないだろうなってずっと思っていたんですよ。それで、何かもう一つ作品の核になることを作れないかをずっと考えていて、思いついたのが二年前。このラストがあれば『アリアドネの声』が書けるなって思えました。
阿津川 なるほど。面白さを突き詰めた結果なんですね。
井上 でもミステリーについてはちょっと懸念していることがあるんです。ミステリーって基本的に謎や事件がある、トリックがある、最後に謎を解くっていう構造がありますよね。クオリティを考えなければ、この構造に従って書いて一作できちゃうじゃないですか。自分がこういう型に嵌ってしまうのを怖れています。ミステリー以外の型では書けなくなってしまうんじゃないかという不安があって……。
阿津川 型やお約束にならないように、筆を制御しているということですか?
井上 それもあるんですけど、自分はファンタジーから出発した人間なので、ミステリーとしての技術よりも、物語として面白いものを書くことに拘っていきたいんです。なので、あえてミステリーのフォーマットを壊すとか、一般的な作品とは少し違うものを書きたいという気持ちがあります。
阿津川 また澤村伊智さんの名前を出して恐縮ですが、澤村さんが『新世代ミステリ作家探訪』という本の中で、ミステリーやホラーというジャンルにとって「都合のいい」人物を書いていいかどうか、という文脈の中で、澤村さんは、それぞれのジャンルのプロパーだと自認している作家しかやってはいけない、自分はどちらの作家でもないと述べて、「そう言っておかないと、ジャンルに寄りかかって怠けてしまいそう」だと話していたんです。井上さんの話を伺うと、やっぱりお二人の考えには重なる部分があると感じました。
井上 実は自分も澤村さんを読んでいると、少し親近感を覚えることがあるんです。話として面白いけど、ホラーというジャンルとしての面白さだけではない。お話として面白いものを生みだそうとしているのだということが伝わってきます。自分もそんな作品を書きたいです。
阿津川 だから私は、お二人の新刊が出ると毎回読んじゃうんですね(笑)
これからの目標
井上 今後はやっぱり先ほども話した『ハリー・ポッター』みたいなあらゆる世代に愛される作品を書くのが一番の目標ですね。子供たちや、普段本を読まなくなった層も思わず手に取りたくなるような作品、今の読者さんに共感してもらえる話を書きたいです。
あとは直近でいうと、自分の本を読んでくれる読者層を広げたいというのは、ありますね。浅倉秋成さんの『六人の嘘つきな大学生』のような作品は本当に巧いなって思います。「就職活動」という誰でも共感できるシチュエーションなのでリアルな実感があるから、読んでいて色々な感情が入ってくる。だからこそ、ミステリー的な仕掛けも生きてくるのだと感じました。『六人の嘘つきな大学生』のようなリアル寄りな作品も書きたいなって気持ちが今はあります。阿津川さんはどうですか?
阿津川 私はとりあえず〈館〉シリーズ(編集部注:『紅蓮館の殺人』に始まる人気シリーズ、2023年8月現在は第二巻『蒼海館の殺人』まで刊行)を何とかしないとですね。
井上 もう書き切ったんですか?
阿津川 今三作目を直しているところです。第二稿を出して編集者から修正案をもらいました。
井上 それは楽しみです! 読者も絶対楽しみにしていますよ。
阿津川 〈館〉シリーズを続けながら、他にも長編連載や短編連載もやらせてもらっています。今のところは全て本格ミステリーが絡むものを書けているので、今後もミステリーの型を使って探偵を使って、遊びながら試行錯誤していけたらいいなと思ってますね。
井上 それが読者の期待に応える一番の作品だと思います。現在の連載はKADOKAWAさんでしたね。
阿津川 『バーニング・ダンサー』という長編です。百人の特殊能力者がいて、戦うお話です。警察小説風にしました。評判がよければシリーズにしたいですね。百の能力をもう全部リストで考えているので(笑)
井上 リストにしているなんてすごい。百冊出せますね(笑)
阿津川 百冊は出せません。私が死んじゃいます(笑)
井上 面白そうなので、是非読みたいです!
〈対談者紹介〉
井上真偽(いのうえ・まぎ)
神奈川県出身。東京大学卒。2015年、『恋と禁忌の述語論理』で第51回メフィスト賞を受賞してデビュー。2017年『聖女の毒杯 その可能性はすでに考えた』が「2017本格ミステリ・ベスト10」の第1位となる。
阿津川辰海(あつかわ・たつみ)
1994年東京都生まれ。東京大学卒。2017年、新人発掘プロジェクト「カッパ・ツー」により『名探偵は嘘をつかない』でデビュー。2020年、『透明人間は密室に潜む』が「本格ミステリ・ベスト10」の第1位となる。2023年、『阿津川辰海 読書日記 かくしてミステリー作家は語る〈新鋭奮闘編〉』で第23回本格ミステリ大賞《評論・研究部門》を受賞。