
甚大な被害をもたらした関東大震災の発生から、今年で100年。新刊『関東大震災 その100年の呪縛』を上梓した、民俗学者で編集者の畑中章宏さんは、関東大震災後の十数年と、東日本大震災後の十数年で同じことが起きていると指摘します。「新しい戦前」と言われている昨今、日本はふたたび悪夢の時代へ突入するのか……。畑中さんと一緒に考えてみましょう。
* * *
不毛なイデオロギー対立が起きている
── 今回の本のコンセプトは、「関東大震災を社会的事件として捉え直す」ことだと思うのですが、改めてその意図を聞かせてください。
昨年あたりから、「新しい戦前」とか「戦前への回帰」といったことが、声高に言われるようになりました。そのこと自体には同意しなくもないのですが、不毛なイデオロギー対立が起きており、右傾化が進む一方、リベラルと呼ばれる人々がそれに対して有効な手を施すことができていないという状況があります。
その起点はどこにあるかといえば、東日本大震災と福島第一原発の事故後、これからの社会をどうつくっていくべきかを考えるときに起きた対立、あるいは溝のようなものが、現在に至っていると思うんです。
実は、関東大震災のときにも、まったく同じようなことが起こりました。関東大震災が発生したのは、大正デモクラシーが非常に盛んなときでした。近代化の途上で、東京はどんどん発展していく一方、地方は取り残されていくという状況でした。
そんな中、関東大震災をきっかけにして、急速な近代化で取りこぼしてきたことはないのか、自分たちの国家、郷土についてもっと考えなくてはいけないのでは、といった考え方が生まれました。
そして、もっと国の指針をしっかりしなくてはいけないとか、あるいは自分たちの土着的なものに回帰していくべきといった、国粋主義的な考え方も広まっていきました。
本来はイデオロギー対立がある中でも、ちゃんとコミュニケーションをとって、建設的にものごとを進めていくべきです。しかし、溝はどんどん深まっていき、その後の軍国主義、そして太平洋戦争へとつながっていくことになります。
── まさに現在の状況と重なっていますね。
関東大震災後も、東日本大震災後も変わっていないのは、日本人は災害の多い国に暮らしてきたこともあり、なんでも自然現象だと捉えてしまうことです。
たとえば、関東大震災のときには、朝鮮人の方、中国人の方が虐殺の憂き目にあいました。東日本大震災のときには、福島第一原発が爆発を起こし、放射性物質が放出されました。どちらも社会的事件なのに、総体として自然現象として捉えてしまっている。
過去の反省がまったく活かされていません。その意味で、関東大震災後の十数年と、東日本大震災後の十数年が、オーバーラップするように感じるんです。
災害は「天が与えた罰」なのか?
── 渋沢栄一や内村鑑三が、関東大震災を「堕落した社会への制裁」と捉えたというエピソードが印象に残りました。
財界人、実業家として名を成し、日本の資本主義の父とも呼ばれた渋沢栄一や、キリスト教をバックボーンに、人道主義的な考え方を持っていた内村鑑三が、天の罰だと言ったわけです。軽佻浮薄に流れていた当時の人々に対し、天が罰を与えたと。
けれども関東大震災では、たとえば本所の被服廠跡地に逃れた多くの方たちが、火災に巻き込まれ亡くなっています。つまり、地震という自然現象そのものというより、避難場所が確立していなかったことによる社会的事件として、悲惨なできごとが起こったんです。
国家の政策において、防災や消防の問題をないがしろにしてきた社会背景があるにもかかわらず、天が与えた罰だと一流のインテリや経済人が主張し、それに同調する人が現れる。
大災害がもたらした社会的事件としての被害を念頭におくことなく、自然災害だからしかたないとか、亡くなった人は天が与えた罰だからしかたないと捉える。そうした風潮が広まっていました。
── 東日本大震災後も、同じようなことがありましたね。日本人の変わらない精神性が表れているように感じます。
当時の文化人の多くは、山の手に住んでいたんです。ですから、本所のような人口密集地域、地盤も悪い土地に住んでいた人々に比べると、命の危険にはさらされませんでした。大きな揺れは感じたにせよ、心が震えることはなかった。
ですから、当時の文化人が書いた震災記は数多く残されているのですが、命の危険を感じた人のまなざしではないんです。どこか当事者性に欠けていて、下町に住む人を哀れむような目線で見ているところがある。
おっしゃるとおり、東日本大震災のときも同じようなことが起きました。都市と地方の間に大きな溝があって、「どうして津波が来るような場所に住んでいるんだ」とか、経済的にも遅れているといった目で見る。100年たっても、まったく認識が改まっていません。
「水に流す」という言葉が象徴するように、日本人はなんでもかんでも自然まかせにするという習性が、関東大震災のときも、東日本大震災のときもくり返されていると思うんです。
気持ちを整理するために、「起きたことはしょうがない」「次に進もう」と考えるのはわかります。でも、単純に合理化してしまうのは、やはり違うのではないでしょうか。「単なる自然現象ではない」と考えないと、本当の意味での発展、進歩にはつながらないと思います。
※本記事は、 Amazonオーディブル『武器になる教養30min.by 幻冬舎新書』より、〈【前編】畑中章宏と語る「『関東大震災 その100年の呪縛』から学ぶ大震災の捉え直しと民俗学〉の内容を一部抜粋、再構成したものです。
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