脚本家・演出家の藤井清美さんの『わたしにも、スターが殺せる』はコロナ禍のエンタメ業界を舞台にした長編小説。登場する2.5次元俳優・翔馬は、大きな役を掴んだ舞台が緊急事態宣言で延期となり、悔しい思いをTwitterで吐露しました。しかし、それをきっかけに、大炎上してしまいます。
ご自身も、コロナ禍舞台が中止になってしまった経験がある俳優・須賀健太さんと、藤井さんとの対談の後編は、初めて舞台を演出するという須賀さんのお話から。また、対談の後には、須賀健太さんからのスペシャルメッセージもあります。
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演出するとめちゃくちゃ炭水化物が食べたくなる
藤井 初めての舞台演出(劇団「ハイキュー!!」旗揚げ公演)はいかがですか?
須賀 スタッフさんには、これまでも偉そうにしてたつもりはないですけど、より頭が上がらないな、って。なんか、こんな苦労をかけてたんだって。
藤井 出演者の時と、感覚違いますか。
須賀 役者も別に、何も考えないで舞台に立ってる人いないですけど、演出家さんってこんなに色々考えてたんだなって。あと、打ち合わせの多いこと。やっぱ演出家ってどのセクションとも打ち合わせするじゃないですか。だからより多いというか。
藤井 稽古の前後が全部打ち合わせで埋まるでしょ。
須賀 あとは、すごい速度で判断を迫られるとか。迷ってられないみたいな。でもできたの観ると、うわこっちのが良かったかもしれないって思ったり。
藤井 そういう時に言えます? こっちの方が良かったって。
須賀「ごめん! こっちにしよう」とは言ったりします。
藤井 それは素晴らしいと思います。
須賀 でもそれは若い座組だからっていうのもあると思います。「ごめん」で許してくれるというか。もう一回やってくれる? を受け入れてくれて、選択肢を与えてくれてるとは思います。楽しくはあります。全然違う脳みそを使ってるから。あと、炭水化物がめちゃくちゃ食いたくなる。
藤井 私は稽古場に必ず飴は用意します。なんか、甘いものが必要というか。あと、これはわたしが演出助手だった頃からやっていたんですけど、舞台稽古の時に演出家席にチョコレートを置いておくと、普段甘いもの食べないような演出家の人がガン見してるから、「どうぞ、食べてください」って言う。
須賀 確かにみんな置いてますもんね、お菓子。ちょっとわかるようになりました。
藤井 俳優が真面目に汗かいてる時に何食ってんだじゃなくて、ほんとに必要。
須賀 何食ってんだ、って思ってました(笑)。
藤井 思ってたでしょ。でも、あれ必要になりますよ。
須賀 そういうのはめちゃめちゃ面白い。それだけじゃなくていろんなタイミングで、ああ、こんなこと思ってたんだとか、多分この人のこういう行動はこういう時間だったんだなっていうのが、深まりました、理解が。
藤井 須賀さんてそういうのをすでに察してるタイプだと思ってました。だから今度俳優に戻った時には演出陣に気を使いすぎないってことが大事。
須賀 確かに。
パソコン打ちながら「ここはよろしく、面白くしてねっ」って念を込めて
藤井 ドラマ「准教授・高杉彰良の推察」の時は、コロナで会えなかったじゃないですか。だから私の中では、「これを汲み取って」という気合と共に脚本を書いてました。
須賀 そうだったんですか!
藤井 ルール違反になるので個人的には一切連絡を取らなかったんですよね。もし役者さんに言いたいことがあってもプロデューサーに言って、そのプロデューサーが監督に伝えて、それで須賀さんに伝わるって工程を経るからまどろっこしい。だから、それもやらなかった。
須賀 藤井さんは、このドラマでは脚本家だけど、以前の舞台で僕は演出も受けてるから、僕の癖とか芝居のこともわかってるんですよね。けど、今回は脚本家の立場で自分では直接言えないから。
藤井 だから脚本に「ここはよろしく、この場面はよろしく。面白くしてねっ」っていうのをパソコン打ちながら、念を込めて。こう振っておいたら、これだけ脚本に書いておいたらわかってくれるなって思ってたから。「ここは任せた」っていう球が飛んできているのを、きっと受けて止めてくれると。
須賀 むっちゃわかってた。「こうしろ」とまでは思わなかったけど、こういうことをやりたいんだろうなとかは思ってたし、役柄的にも多分振りやすいというか。僕の役が遊びどころだろうなって思ってたから。
藤井 コロナで極限に会えない状態で、ずっと脚本を通してこれをよろしくっていうのを込めてたから。放送を観る前にプロデューサーが「なんか、撮影現場でこのシーン面白かったんですよ」って教えてくれて、その時、この「よろしく」が通じたんだなって思って嬉しかった……というのが私の中で一人で行われていて。時節柄打ち上げもなかったので、ずっと会えてなかったから、今日話せてとても嬉しい。
須賀 それは良かったです。僕はすごく遊ばせてもらってたし、アドリブの要素がありながら、本筋から外れないみたいな。
藤井 監督がアドリブやってって言ったんですよね。
須賀 好きにしてって。そのオーダーもめちゃくちゃですよね。
藤井 でも、須賀さん私のことを知ってるから、それってちょっと酷だなって思ってました。アドリブしようとしても、私に気を遣ってしまうというか。
須賀 それでいうと、舞台「#あるはん」のときもそうですよね。あの作品は、藤井さん小説も書いてて、演出もしてたじゃないですか。だからなんて言うんだろう、普通の出演と違う重みもあったんですよ。原作者っていう側面もあるから。さらに朗読劇だったから、アドリブなしで一言一句みたいなところから始めてるから。これはどうなんだろう。変えてもいいのかな。ドラマだったらいいけど、朗読劇は……って思って。結果変えちゃった部分もあったけど。でもどうしようとか最初ありましたね。
藤井 だから須賀さんが稽古場で最初に、ある場面だけセリフの語尾を変えて言い始めた時に「ほんとチャレンジャーだなあ」って。私単純に須賀さんの前の日のドキドキを想像しちゃって。これ明日の稽古でぶつけていいかなってドキドキしながらぶつけたんだろうなって思って。思いつきじゃないこともわかったし、その逡巡まで見えたから、ぜひその方向で、って。
須賀 最後の長尺のセリフですよね。まず覚えていいですか、って。朗読なのに。覚えていいですか、って稽古場で藤井さんに言う1週間前から覚え始めてました。ちょっとやりたいなって。
藤井 やっぱりそうなんですね。覚えていいですかって聞かれたけど、台本2ページか3ページくらいあったから大丈夫なのかなと思いつつ。でもそう演じたい気持ちもわかったし。だけど、朗読劇で台本を見ずに顔を上げるってインパクトあるから。
須賀 そう、朗読劇の概念からは一番しちゃいけないじゃないけど……朗読じゃないじゃんって言う。だから、効果的に使えるなって思ったからやった部分もあったんですけど。どうか、どうしようかなーみたいな。毎日迷ってました。
藤井 そうですよね。やっぱり朗読劇なのに、目新しいところにパーって行っちゃうと、話の内容じゃない方に観客の気持ちが行っちゃうから、私もどうしようかなって思ったんですけど。でも須賀さんにはもう『見えて』るんだろうなって思ったから、そっちに懸けて。じゃあそれで行きましょうって言ったら、もう2日後にはセリフを覚えてたから、あの提案は計画のもとなんだなと。演出家と俳優の楽しい騙し合いですよね。
須賀 超えてくれよ、っていうね。一番のお客さんの側面があるじゃないですか、演出家って。だから、役者としては楽しませたいというか。リアクションしてほしい。笑って欲しいし、しんどいシーンはしんどいなって思ってもらえたらいいなと思う。
役者は言葉を商売にしてるから、言葉を大事だと思ってるから
藤井 最後にこの小説ですが、どういう人にお勧めしていただけますか? どういう人が読んだら心に来るか。
須賀 記者の人とか、ライターさん(笑)。言葉で人が殺せる時代にどんどんなってるじゃないですか。それは、わかって欲しいなって思うし。それはストレートに言っても多分わかってくれなくて、今の世間というか、世間って言い方もあれだけど、この空気感って。だから小説として物語として読むと、逆にストレートに伝わる部分があるなと思って。真生(主人公のこたつライター)のあの責任感のなさとか。役者は言葉を商売にしてるから、言葉を大事だと思っているから、なおさら嫌で。なんかその再認識するきっかけになって欲しいっていうのがあるかな。
藤井 一般の人からすると、俳優さんにとって言葉が重いって意外かもしれませんよ。書かれたセリフを言ってるでしょっていうふうに思うと。でも、書かれた言葉を言ってるが故に、その言葉から色々なものを読み取っていってるんですよね。
須賀 確かに、パッと見たら、言葉を大事にしてるかわからないかもしれないけど。このキャラは、この役は、「僕」っていうのかなとか、「俺」なんじゃないかなとか。ですますの語尾とか敬語とか。こっちなのかなとか、こんな難しい言葉使うかなとか、結構色々考えながら読んだりしてるから。それがすごいでしょってことじゃないんだけど、そういう側面もあるよっていうのは——これもまたわかって欲しいわけでもないけど(笑)。だから純粋に、言葉のパワーを持っているんだってことが小説だから伝わる部分ってすごくあるじゃないですか。それはよりあるのかなって、この本には。若い子たちに読んでほしいのかな。身近だからこそ伝わる部分もあるし……言葉の重みとか。
撮影・倭田宏樹