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買い負ける日本

2023.08.11 公開 ポスト

「中国の買値は3割高い」日本から中国へ急増する“牛肉”の輸出坂口孝則

かつては水産物の争奪戦で中国に敗れ問題になった「買い負け」。しかしいまや、半導体、LNG(液化天然ガス)、牛肉、人材といったあらゆる分野で日本の買い負けが顕著です。7月26日発売の幻冬舎新書『買い負ける日本』は、調達のスペシャリスト、坂口孝則さんが目撃した絶望的なモノ不足の現場と買い負けに至る構造的原因を分析。本書の一部を抜粋してお届けします。

中国人バイヤーは金払いがいい

2023年には豊洲市場で青森の大間産本マグロに3604万円の値がついた。落札者は「銀座おのでら」を運営するオノデラグループと水産仲卸「やま幸」だった。また常連として「すしざんまい」の木村清社長の姿もあわせて全国ニュースで報じられた。

そのいっぽうで、中国人バイヤーの存在が大きくなっている。水揚げ金額が日本一であると知られる焼津港では中国人バイヤーが跋扈する。もちろん跋扈といっても違法な行為をやっているわけではない。

中国人のあいだではマグロの解体ショーが人気だという。中国の富裕層を中心に日本旅行などの経験から「マグロの旨さに気づいてしまった」ため、日本に質の高いマグロを求めて中国人バイヤーたちがやってきている。

中国人バイヤーは「かなりの量を求め」かつ「金払いがいい」。そうなると仲介業者も売らないはずがない。中国人バイヤーは中国人バイヤーで、中国の消費者が求める金額上限まで仕入れることは経済合理的だ。

世界では一人あたりの魚介類消費量が50年で2倍になったのにたいし、中国ではなんと約9倍にも伸びている。日本はその魚介類消費量は50年前と比べて下回っており、中国に肉薄されている状況だ。しかも、肉薄されているのは一人あたりだが、両国では人口がまったく違う。

水産庁が公表している1988年から2020年の「まぐろ類」の国内生産量は26万トンから11万トンに下がっている。また輸入量は46万トンから28万トンと同じく減少している(農林水産省「漁業・養殖業生産統計」、財務省「貿易統計」)。各弁当店でマグロが仕入れられずに使用魚を変更したといったニュースが流れた。

マグロだけではなく漁業者から卸売業者に販売している魚種は総じて2022年に前年より値上がりした。それは大衆魚にも及ぶ。マグロのような高級魚だけではなく、円安、漁獲量の減少や原油価格の高騰に加えて、諸外国への買い負けが生じているからだ。2022年には大手回転寿司チェーンが価格改定を発表したのも記憶に新しい。

またズワイガニも5年で倍近くの金額になっている。世界中で食する人たちが増えた。需要が急増し、かつ日本は高値で応札できていない。結果、日本の輸入量は2022年までの10年で約2割減少し、そして金額は約2・2倍になった。

水産資源だけではない。牛肉も中国に「買い負け」する場合が多い。中国は牛肉輸入量が激増している。2016年に50万トンちょっとだったのに2021年には233万トンに上った。市場では台湾や韓国などのアジアの国々が牛肉を買おうと争う。日本では手に入らない状況を「ミートショック」と呼んだ。
 

(写真:Unsplash/Jason Leung)

他国が買い争う肉を調達しようと努めても「高くて、買ってもその価格で売れないから儲からない」とする日本商社もいた。世界の業者も中国が高く買ってくれるため、日本の企業にふっかけることもあった。しかし日本が買ってくれなくても中国が買ってくれる

むしろ日本から諸外国への牛肉の輸出は急増しているほどだ。同じく中国を中心としたバイヤーらが日本国内の買い手より3割以上高い価格で購入する。日本の商品を高く買ってもらえる状況は喜ばしいともいえるが、喜んでいいのだろうか

また、低糖質で人気になっている羊肉も中国の火鍋消費の伸びに影響を受けている。日本が羊肉の3割を調達するのはニュージーランドだが同国は中国へも多く輸出する。中国は旺盛な需要を誇る。日本の同国からの輸入は2020年から2021年にかけ一時、減少した。

また、ブラジル産の若鶏肉も値段が高騰している。理由は他国が高値で調達するため、日本が買い負けているからだ。数年前までは日本より高く買ってくれる国はなかった。多くのブラジル養鶏農家は商社を通じて鶏肉を販売する。養鶏農家が言語の違う国に、貿易実務まで請け負って販売するのはなかなか難しいからだ。

このところ商社のもとには「日本が買ってくれる価格よりも中国が買ってくれる価格のほうが高い」と値上げを交渉されるようになった。日本がその交渉を断ると中国に振り向けるといわれる。

これも経済合理性のため養鶏農家を責めるわけにはいかない。

日本では若鶏肉ではなく、これまで無視されてきた親鶏肉がミンチ材料に使われるようになった。それでも日本が買い負けるケースが多くなった。他国はブラジル産を選択していなかったが、ウクライナ戦争でウクライナからブラジルに切り替えたため全面的に品薄になったのだ。たまたま2022年は鳥インフルエンザもあり、鶏めしの素を作っているメーカーは供給不足から生産を停止せざるをえなかった。

これら食肉はもはや調達戦争の色合いさえある。食肉を忌避する宗教はあるものの、国連食糧農業機関のデータでは、一人あたりGDPと食肉需要はおおむね正の相関にある。新興国の経済成長が続く限り肉の奪い合いになる。

関連書籍

坂口孝則『買い負ける日本』

かつては水産物の争奪戦で中国に敗れ問題になった「買い負け」。しかしいまや、半導体、LNG(液化天然ガス)、牛肉、人材といったあらゆる分野で日本の買い負けが顕著になっている。日本企業は、買価が安く、購買量が少なく、スピードも遅いのに、過剰に高品質を要求するのが原因。過去の成功体験を引きずるうちに、日本企業は客にするメリットのない存在になったのだ。調達のスペシャリストが目撃した絶望的なモノ不足と現場の悲鳴。生々しい事例とともに、機能不全に陥った日本企業の惨状を暴く。

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買い負ける日本

2023年7月26日発売『買い負ける日本』について

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坂口孝則

1978年生まれ。調達・購買コンサルタント、未来調達研究所株式会社所属、講演家。大阪大学経済学部卒業後、電機メーカー、自動車メーカーに勤務。原価企画、調達・購買に従業。現在は、製造業を中心としたコンサルティングを行う。著書に『牛丼一杯の儲けは9円』『営業と詐欺のあいだ』『1円家電のカラクリ 0円iPhoneの正体』『仕事の速い人は150字で資料を作り3分でプレゼンする。』『稼ぐ人は思い込みを捨てる。』(小社刊)、『製造業の現場バイヤーが教える調達力・購買力の基礎を身につける本』『調達・購買の教科書』(日刊工業新聞社)など多数の著書がある。

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