社員の7割が知的障がい者の“日本でいちばん大切にしたい会社”を舞台に、働く喜びを描いた感動のノンフィクション『虹色のチョーク』(小松成美著、幻冬舎文庫)。道枝駿佑さん(なにわ男子)の主演で、2023年8月26日(土)夜9時頃から「24時間テレビ46」スペシャルドラマ(日本テレビ系)にて放送です。働くとは? 生きるとは? 今日一日、そして未来への希望を紡ぐ感動の記録。
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働く喜びを得るための目標
昼休みになると、製造ラインで働く社員たちは2階へ向かう。彼らが昼食をとる場所は2階にある。私もまた社長の案内に従い、その食堂へと向かった。私が最初に訪れた際に見上げた光る虹色の窓。それはこの食堂のものだった。
窓の内側に社員たちが日本理化学工業のオリジナル開発商品である「キットパス」を使って、思い思いの絵を描いているのだ。窓際には、キットパスの箱がいくつも置かれている。
「何を描いてもいいし、上手くても、下手でも、いいんです。就業前や昼休みに、皆楽しんで描いていますよ。落書きですから、描いては消し、消しては描いて、気が付くと新しい作品ができています」
そう話して、楽しげに窓の絵を見る隆久さんは、昼食を食べようとする社員たちに目をやった。
「家から持ってきたお弁当を食べる人もいますが、仕出しのお弁当も注文できます。いくつかあるメニューから食べたいお弁当を選んで、自分の名前が書かれた札を注文箱に入れるのです。昼になると、そのお弁当が届いています」
お弁当の注文一つにも、彼らを混乱から救う秩序がある。細やかに温かく彼らのことを思ってのシステムが構築されている。
窓いっぱいに描かれた絵と部屋を明るくする陽の光。おしゃべりをしながら食べる人、一人で静かに食べる人、それぞれがそれぞれに、健常者と障がい者の隔たりなく休み時間を過ごす。
窓辺に立った私に、隆久さんは入り口の右手奥の壁を示した。
「あそこに貼ってある写真付きの紙は、彼らが自分で記した1年の目標です」
「平成○○年度 私の目標」と書かれたA4ほどの大きさの紙には、名前と担当、役割とポートレート写真があり、その下には自分の目標が箇条書きで記されている。
「役職によって各々目標は違いますが、作業の効率や目標の製造数、仲間への声掛け、連絡事項の徹底、タイムスケジュールの意識、機械・機材のチェックについてなど、具体的に書かれています」
たしかに、この紙を見れば各社員の目標が一目でわかる。
「この紙に1年の目標を記入してもらい、ここに貼り出す度に、私は心が洗われるような気持ちになります。生産日報という日々の仕事の記録を見ても、そうです。文章は上手くないし、なかには文字を書けない社員もいます。が、全員の仕事へ向き合う真剣な気持ちが読み取れ、頑張ろうとしている心が込められていることがわかります」
社員たちは時折、自分や仲間が書き込んだ「私の目標」の文字を見つめているという。
「1年という時間のなかで明確な目標を挙げ、そのことをなおざりにしない彼らこそ、職業に対して誰よりも真摯だと思います」
鉛筆で書かれた丁寧な文字。四つも五つもある目標は、仕事への意欲と自らの責任の表明であり、すべてが働く自分のためのものだ。
私がそのいくつかの目標をノートに書き写していると、隆久さんが振り向いた。私はその顔に向かって正直な気持ちを伝えていた。
「障がいとは一体何なのでしょうか……。ここにある彼らの姿は、彼らが労働の重要な担い手であり、経営を支える存在であることを示しています。障がい者という区別など必要ない、と思えるほどです」
私のなかには驚きがあった。日本理化学工業の取材を始めて、劇的に変えられた意識があった。
「私はこれまで、障がいのある人々にとって幸福な社会とは、手厚い国家の福祉とは、『安定した衣食住の提供』だと信じていました。けれど、それがすべてではないことが、ここに証明されています。障がいがあっても、仕事をできる人であれば、労働とその目標、対価として与えられる賃金と日々の働く幸せを得てこそ、その人生が輝くのですね」
設備の整った施設と手厚い保護。それが障がい者にとって幸福をもたらす条件であり、それこそが“良い福祉”なのだと位置付けていた私は、1階にあるチョークの製造ラインと、いくつもの絵が輝いている窓を持った食堂を訪れ、また彼らの目標という「声」を読んで、そうした思いがいかに「狭い視野」によるものだったかを考えていた。
「ありがとうございます」
隆久社長は私に小さく会釈した。
「父である大山泰弘が目指した会社経営は、まさにそこにあります。うちに入った社員には健常者でも障がい者でも、働く幸せを感じてもらう。その喜びが単なるスローガンでは意味がありません。特に、障がいのある社員の気持ちが喜びに満ち溢れていることが大きな目標です。そして同時に、資本主義社会のなかで生き残っていかなければならない。うちの会社は慈善事業を行っているのではありません。父からバトンを渡された私は、障がい者が製造のスキルを持って支えている会社でも、これだけの経営ができるのだということを“業績”で見せていきたいのです」
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この続きは『虹色のチョーク』(小松成美著、幻冬舎文庫)でお楽しみください。