現役の大学病院教授が書いた、教授選奮闘物語『白い巨塔が真っ黒だった件』。”ほぼほぼ実話”のリアリティに、興奮の声は大きくなる一方…!
第3章「燃えさかる悪意」も公開!第3章 全6回でお届けします。
* * *
「大塚先生?」
ぼくと出会う前の萩原は、まだぼくのことを知らない。
「大塚先生と仲良くしてるんだけどさぁ」
指導医のHは続けたという。
「性格が悪いと言われてるらしいんだよね。でも、俺はそんなふうには思わないな」
のちにすっかり仲良くなった萩原が、その指導医との会話をぼくに教えてくれたのは、彼がK大学皮膚科に入局し、ぼくの後輩になった後だ。
「だから大塚先生のこと、怖い人だと思ってました」
萩原は後日、笑いながらぼくにそのエピソードを話した。
──そりゃそうだろう。
研修医が変な噂話を耳にすれば、怖がるのも無理はない。
「それで、そのぼくと仲良いと言ってた先生って誰?」
ぼくの問いに対する萩原の答えを聞いて、また怖くなった。
なぜならその指導医Hは、学会の懇親会でたった一度、近くに座っただけの人だったからだ。
教授選に勝つためにはどうしたらいいのだろう? 恩師でありT大学の教授でもある蒲田の話では、業績ではぼくが一番だったらしい。業績というのは、いわゆる研究業績でありインパクトファクターと呼ばれるものだ。
ぼくらは研究論文を専門誌に発表する。その専門誌にはインパクトファクターと呼ばれる点数がついている。この数字が高ければ高いほど、世界に強い影響を与えた研究であることを意味する。自分が書いた論文や、共同研究で名前が載った論文、掲載された全ての雑誌の合計インパクトファクターが研究業績となる。教授選に出るような人間は、おおよそ200とか300のインパクトファクターを持っている。ぼくはその頃、500ほどのインパクトファクターを持っていた。
「業績はダントツでした。あとはあまり目立たない方がいいでしょう」
蒲田との会話を思い出した。
「目立たない方がいいとはどういうことでしょうか?」
「新しい教授には優秀な人が来てほしいとみんな思っています。それと同時に、自分の後任に、自分より優秀な人は来てほしくないと考える教授もいます」
「そんな……器が小さい」
ぼくは不満たっぷりに言った。
「みんな口には出しません。でも内心そう思っている教授はいます。教授になる前から目立っているような人間は、教授としてふさわしくない、そう考えている教授は多いと思います」
なんだかとても残念な気がした。組織の発展のためには、自分より優秀な人間に跡を継いでもらうのがいいはずだ。それを小さなプライドで阻(はば)み、しまいには根も葉もない噂話で対抗馬を潰そうとする。
高橋、谷口と、ぼくは良い教授に恵まれ、指導を受けてきた。また、大学からの恩師である蒲田はいつまでも優しい。一方で、前野のような教授も医学部にはいる。教授といえどもさまざまだ。
それこそ、ザ・白い巨塔と思わせるような教授だって存在する。
地方の学会に特別講演の演者で呼ばれたときのことだ。
繁華街から車で十分ほど離れた小さなレストランで懇親会は行われた。学会は盛会のうちに終了し、運営に関わった医局員全員に安堵の表情が見て取れた。 地方会の座長を務めた教授がテーブルに着くなり口火を切った。
「ワインリストを持ってきて」
ネクタイの色がロマンスグレーの髪と同じなのは、決してたまたまではない。この教授に限って、偶然は存在せず、全ての言動に意図がある。ちりばめられたヒントに細心の注意を払い、読み解くことが、この教室の医局員の重要な仕事だ。粗雑に飼われている猫のような目をした医局長は、教授の次の言葉を待っていた。
「スプマンテのフェッラーリで乾杯しようか」
「はい、承知いたしました」
教授を中央に、医局長、まだ自己紹介を終えていない女性医師二人、講演者として呼ばれたぼくの五人は同じテーブルに座り、声を落として乾杯した。
「今日の講演面白かったよ」
教授の持つシャンパングラスの底から、細かな泡がまっすぐ途切れなく上る。
「ありがとうございます」
「それにしてもこの間の教授選は残念だったね」
(つづく)
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白い巨塔が真っ黒だった件
実績よりも派閥が重要? SNSをやる医師は嫌われる?
教授選に参戦して初めて知った、大学病院のカオスな裏側。
悪意の炎の中で確かに感じる、顔の見えない古参の教授陣の思惑。
最先端であるべき場所で繰り返される、時代遅れの計謀、嫉妬、脚の引っ張り合い……。
「医局というチームで大きな仕事がしたい。そして患者さんに希望を」――その一心で、教授になろうと決めた皮膚科医が、“白い巨塔”の悪意に翻弄されながらも、純粋な医療への情熱を捨てず、教授選に立ち向かう!
ーー現役大学病院教授が、医局の裏側を赤裸々に書いた、“ほぼほぼ実話!? ”の教授選奮闘物語。
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