現役の大学病院教授が書いた、教授選奮闘物語『白い巨塔が真っ黒だった件』。”ほぼほぼ実話”のリアリティに、興奮の声は大きくなる一方…!
第3章「燃えさかる悪意」も公開!第3章 全6回でお届けします。
* * *
宇山のアパートに着くと、すぐさまにベルを鳴らした。
中からの応答はない。
携帯の電話を鳴らしてドアに耳を当ててみるものの、部屋の中から呼び出し音は聞こえてこない。恐る恐るドアノブを引いてみたが、鍵はかかっていた。
いったいどこへ行ったのだろう。もしかして実家で急な用事ができて、ぼくらに連絡する間もなく家を出たのだろうか。
その時、プルルとポケットの携帯が鳴った。
「もしもし大塚くん、横山だけど」
「もしもし、今宇山くんの家まで来たんだけど、誰もいないみたい」
「高橋教授が宇山くんの実家に電話をかけてくれてね。こっちでも連絡取れないから警察に相談してほしいって」
「え、警察に?」
「うん、宇山くん不整脈の薬を飲んでいるんだって。なんか心臓に病気があるみたい」
そういえば、前日、宇山が研修医室で血圧を測っているのを見かけた。首を傾(かし)げる宇山には声をかけずに、ぼくは佳代との約束のために部屋を出たのであった。
「宇山くんのお父さんも急いでこちらに向かっている。実家の名古屋からは二時間くらいはかかりそうだって。もし部屋で倒れてたら、急いで救急車を呼んでほしいって」
そう言って横山は電話口の向こうで泣きだした。
ぼくは再び全力で自転車を漕ぎ、近くの交番に駆け込んだ。
「友人の家の鍵を開けてほしいんです」
「なにを言ってるんだ。そんなことできるはずがないでしょう」
横柄に警察官は答えた。 ぼくは怒りを堪え、息を整えて説明をした。
「友人は医者なんです。いつも朝一番に来るはずの彼が病院に来ていないんです。電話もつながらないし、実家のご両親も友人と連絡が取れない。もしかしたら家で倒れているかもしれない」
それ以上言葉が出ず、ぼくは黙り込んだ。目頭に熱いものを感じた。
その様子を見て、ようやくこれは深刻な事態だと把握したのか、警察官は先程とは表情を変え、「署の者を一緒に向かわせます」と答えると、内線でどこかに電話をかけたのであった。
アパートの部屋の前で、ぼくと三十代の警察官は、鍵屋の中年男性がドアロックを解除するのを待っていた。
ぼくは佳代に「まだ分からないけど、嫌な予感がする」とだけメールをした。今はただただ祈りながらドアが開くのを待つしかなかった。
「開きました」
カチッという扉の音とともに鍵屋の男性は言った。それからドアノブをまわしてぐっと引っ張るとすぐにガタッと大きな音をたて、「あっ」と鍵屋は声をあげた。
ドアには内鍵がかけられていた。
わずかに開いたドアの中から、かすかに目覚まし時計のアラームが響く。
「ダメだ」ぼくは廊下にしゃがみこんで顔を覆った。
そのまま鍵屋は手際よく内鍵を開け、横をさっと警察官が通り、部屋の中へと確認に行った。
「頼む、生きていてくれ」ぼくは心の底から神に祈った。
携帯には佳代から「なにがあったの? 宇山くん大丈夫?」という連絡が届いていた。
その日、ぼくは大学病院に戻り、高橋教授の前で泣いた。夜八時頃に再び警察に向かうと、眼を真っ赤に腫らした宇山の両親と対面した。それからアパートに帰り、もう一度、部屋で一人泣いた。
佳代からは何通も「大丈夫?」とメールが来ていたが、ぼくは返事をする気になれなかった。もう少し早く発見していれば助かったかもしれない。前日に首を傾げる宇山に気がついていながら、なにも声をかけることができなかった。宇山を救える場面は何度もあったのではないか。そう思うと自分を責めても責め切れない気持ちになった。布団で冷たくなっていた友人の姿と、警察官に促されて死亡宣告を行った自分の声が、五感にしっかり焼き付いていた。
宇山の死後、ぼくは自分に約束したことがある。
1パーセントでもいいから、病気を治す確率を上げるために努力しよう。
宇山の両親の深い悲しみを思えば、彼の遺志を汲んで、などというおこがましいことは言えない。ぼくはぼくの人生でできることをしっかりやる。悔いのないように生きる。
将来良いチームを作って、新しい治療法を開発する。困っている患者を助けられるように、あらゆる方面で汗をかく。宇山が救うはずだった分の患者まで、ぼくは救わなければならない。
(第4章「黒すぎる巨塔」へつづく)
白い巨塔が真っ黒だった件
実績よりも派閥が重要? SNSをやる医師は嫌われる?
教授選に参戦して初めて知った、大学病院のカオスな裏側。
悪意の炎の中で確かに感じる、顔の見えない古参の教授陣の思惑。
最先端であるべき場所で繰り返される、時代遅れの計謀、嫉妬、脚の引っ張り合い……。
「医局というチームで大きな仕事がしたい。そして患者さんに希望を」――その一心で、教授になろうと決めた皮膚科医が、“白い巨塔”の悪意に翻弄されながらも、純粋な医療への情熱を捨てず、教授選に立ち向かう!
ーー現役大学病院教授が、医局の裏側を赤裸々に書いた、“ほぼほぼ実話!? ”の教授選奮闘物語。
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