イスラム地域研究の第一人者で、著書『分断を乗り越えるためのイスラム入門』を上梓した内藤正典さんは、ご自身はイスラム教徒ではないものの、イスラム教には「この発想を持っていたらラクに生きられるだろうな」と思えることがたくさんあると語ります。それはいったいどんなことなのか? ほとんどの日本人が知らないイスラムの教えについて、ご本人にうかがいました。
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地図だけは読めるようにしておこう
──『分断を乗り越えるためのイスラム入門』には、私たちがふだん目にしているテレビや新聞からは得られない情報や視点が、たくさん盛り込まれています。日々の情報収集は、どのようになさっているのでしょうか。
私が若いころは、今のようにSNSはもとよりインターネットもありませんでした。ですから、直接会って話すしかないわけです。とにかく現地に足を運んで、人と話す。もっとも重視していることですね。そのためには当然、語学力を磨くことも必要です。
シリアにしても当時のトルコにしても、国家による規制が厳しいので、本当のことはメディアに出てきません。それをどうやってすくい上げるのか、どういう手段があるのかということを、絶えず考えてきました。
使いようにもよりますが、今はX(旧ツイッター)がメディアとして非常に有効ですね。さまざまな公式の発言はもちろん、キーワードで検索をかけることで、不満を持っている人たちがどんな書きぶりで書いているのか、動向をうかがうことができます。ですので、特定のメディアに偏ることなく、いろんなものを使うようにしています。
── 私も先生のX(旧ツイッター)を拝見して、本当はこうだったのかと気づかされることが、たびたびあります。
ありがとうございます。たとえば、ウクライナ戦争についても、日本のメディアに出てくるのは「アメリカはこう言っています」、せいぜいが「ロシアがこう言い返しました」くらいなんですよ。「トルコはこう言っている」と知るだけで、視点がまったく違ってきます。
世界はそれほど単純ではありません。ドイツにしろ、フランスにしろ、私たちがG7とくくっているほど一枚岩ではありません。みんなそれぞれ、いろんな思惑があるのですから。
みなさん、ここでぜひ世界地図を見てほしいんですが、ウクライナ戦争が日本で報道されるとき、たいてい地図の上半分しか出てこないんです。黒海が半分に切れている。
あの地図をもっと「引き」で見ると、ウクライナの対岸はトルコだということに気づくはずなんです。そのことが空間把握として頭に入っていると、「じゃあ、トルコはどう見ているんだろう」と考えることができるんです。
情報をどのように取るかを考えるとき、ぜひ地図を見ることをお勧めしたいですね。私もよく地図を眺めていて、「これはどうしてなんだろう?」と考えることがよくあります。
今はグーグルマップをはじめなんでもありますから、地図情報そのものは入手しやすくなりました。しかし残念なことに、高校では地理の授業がこの20年間、必修から外されています。そのため、昔と比べてみんな地図が読めなくなっています。
地図だけは読めるようにしてください。ハザードマップから何から、本当はとても重要なことなのですから。
分断を乗り越えるために私たちができること
── 本のタイトルに「分断を乗り越えるための」とありますが、分断を乗り越えるために、私たちができることはなんでしょうか。
本当にインクルーシブな社会を考えるのなら、アイデンティティにこだわりすぎるのをやめることが大事です。私は何者なんだ、あなたは何者なんだと言い続けていると、私とあなたは何が違うのかということばかり意識してしまいます。
もちろん、相手のことを知ることは大事です。でも、それはアイデンティティの爪を研ぐためではありません。
欧米から入ってきたものだと思うのですが、私たち日本人は「個を確立する」といった考え方が好きですよね。でも、人との違いばかり目を向けていると、いつか必ずそれを上下の関係に置き換えてしまいます。
一方、イスラムには、どちらの人種が上かとか、どちらの民族が下かとか、そうした発想がまったくありません。それが、分断を乗り越える要点ではないでしょうか。
── 私たちはイスラム教徒ではありませんが、イスラム教徒のあり方、生き方から、いろんなことを学ぶことができますね。
そうですね。私もイスラム教徒ではありませんが、「この発想を持っていたらラクに生きられるだろうな」と思えることが、イスラムの教えにはたくさんあります。
たとえば、お金のこともそうです。最近の日本は、国も企業も、貯蓄ではなく投資をしろと勧めますよね。一方で、もし失敗したら自己責任だと。しかし、イスラム教では、この投資はいいけれど、この投資はダメという教えがあるんです。無制限な自由にはない、制限された自由のよさがある。
人生で何かに直面したとき、欧米や日本で支配的に言われていることとは違った見立てがあるのを知るのは、必要なことだと思うんです。投資には危ない部分があるんだとか、そうした気づきを得るきっかけになるからです。
イスラムの中で育まれてきた価値の体系は、もちろん私たちと相容れない部分もあります。でも、知っていると人生がラクになるような知恵も、じつはたくさんあるんです。そのことを、この本で知っていただけたら嬉しいですね。
※本記事は、 Amazonオーディブル『武器になる教養30min.by 幻冬舎新書』より、〈【後編】内藤正典と語る「『分断を乗り越えるためのイスラム入門』から学ぶ知ることの大切さ」〉の内容を一部抜粋、再構成したものです。
Amazonオーディブル『武器になる教養30min.by 幻冬舎新書』はこちら
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武器になる教養30min.by 幻冬舎新書
AIの台頭やDX(デジタルトランスフォーメーション)の進化で、世界は急速な変化を遂げています。新型コロナ・パンデミックによって、そのスピードはさらに加速しました。生き方・働き方を変えることは、多かれ少なかれ不安を伴うもの。その不安を克服し「変化」を楽しむために、大きな力になってくれるのが「教養」。
『武器になる教養30min.by 幻冬舎新書』は、“変化を生き抜く武器になる、さらに人生を面白くしてくれる多彩な「教養」を、30分で身につけられる”をコンセプトにしたAmazonオーディブルのオリジナルPodcast番組です。
幻冬舎新書新刊の著者をゲストにお招きし、内容をダイジェストでご紹介するとともに、とっておきの執筆秘話や、著者の勉強法・読書法などについてお話しいただきます。
この連載では『武器になる教養30min.by 幻冬舎新書』の中から気になる部分をピックアップ! ダイジェストにしてお届けします。
番組はこちらから『武器になる教養30min.by 幻冬舎新書』
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