10月末の朝、2階の窓から外を見下ろすと、重なり合った落ち葉を真っ白な雪がふんわりと覆っていました。ちょっと前まで、乾いた風が吹くたび、梢から葉が舞い落ちる自然のスペクタクルを眺めていたはずなのに、まさかの初雪。久しぶりに見る雪景色に、幼少期を過ごした雪国の山形でのわくわく感を思い出しました。季節はジャンプするように秋から初冬へと進み、11月に入ると一面に朝霜が降り、足を下ろすたびに霜がサクサクと鳴り、地面のふかふかな感触が伝わってきます。
山小屋は断熱材で寒さ対策をしっかりしてあるので、初冬のうちは日中を床暖房でしのぎ、夕方になってから薪ストーブに火を入れて暖を取ります。早い時間に薪ストーブを点けると炎に見入って、何時間も過ぎてしまうからです。
慣れないうちは、思うように薪ストーブの火が育たず、何度もやり直して着火剤を無駄にしてしまいました。薪ストーブは、急いで点けようとすると駄々をこね、こまめに面倒を見るとご機嫌になって炎を上げてくれます。まるで人格や感情を持っているようです。
当初、山小屋は避暑のための別宅のつもりで、秋冬はあまり山小屋に滞在しないつもりでした。寒さや雪など未体験のことへの怯えがあったからです。そして、自分が使わない季節は友人に貸し、共有できたらいいな、と思っていました。
しかし、実際に住んでみて考えが変わっていきました。
まず、初めて来る人が短い旅行感覚で過ごすには、なかなか難しい場所であること。車がないとたどり着けませんし、まわりにお店も街灯もなく、夜は真っ暗になります。
長野在住の人にも、標高1600メートルは高く、冬は相当な覚悟がないと住めない過酷な環境だと言われました。
ですが、私自身、夏から秋、初冬を山小屋で過ごすうちに、冬を山小屋で過ごさないのはもったいない、山小屋の醍醐味は冬なのでは? と思い始めてきたのです。
もちろん、たいへんなことは山ほどあります。
薪ストーブのことを念頭においておかなくてはいけませんし、棚から薪を運ぶのも、スコップで除雪するのも重労働。大雪が降れば、買い物にも行けなくなります。
さらに、「八ヶ岳おろし」という強い北風が吹き、日中でも氷点下が続く最も寒さが厳しい季節が来ます。
それでも、「山の冬は素晴らしい」と、山の達人たちは口をそろえます。
自然には美しさと厳しさが共存し、美しさだけを享受することはできません。そこには必ず厳しさがついてきて、その厳しさに耐える覚悟が必要です。
過酷だとしても、神聖で美しいものしかない世界に日々触れられる……なんて幸せなことでしょう。今の自分の生活力でどのくらい山小屋で暮らせるかこの冬で見極めようと、私も覚悟を決めました。
取材・文 坂口みずき 写真 鳥巣佑有子
森へ帰ろうの記事をもっと読む
森へ帰ろう
『食堂かたつむり』『ツバキ文具店』『ライオンのおやつ』などのベストセラー作家・小川糸。小説だけでなく、その暮らしを綴ったエッセイも大人気。コロナが流行する前は、ベルリンに住んでいた彼女が次に選んだのは、八ヶ岳。愛犬ゆりねとの、森の中での静かな暮らしをお伝えします。