関西と関東、ミステリーとBL。住んでいる場所も、書いているジャンルも離れているのに、気の合う作家仲間として交流を続ける織守さんと和泉さん。その仲の良さは、同時期に新刊刊行という偶然も連れてきたようで……。
無実の罪で収監された凸凹バディが日本で最も美しい監獄から、頭脳と胆力で脱獄を遂げる『奈良監獄から脱獄せよ』で、初の一般文芸作品に挑んだ和泉さん。『隣人を疑うなかれ』で“マンションのなかに殺人犯がいるのでは?”という不安に侵食されていく住人たちの行動を追うなか、驚愕の顛末に「これまでにないものを仕掛けた」と語る織守さん。
「人物を描く際、最も力を注ぐのはキャラクターの人間関係」と語る二人が、それぞれ新作に込めたものとは。
(構成/河村道子 小説幻冬2023年10月号掲載)
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――お二人の出会いは、作家仲間で楽しまれていたオンラインの人狼ゲームだったとか。
織守 集まったメンバーのなかに、たまたま和泉さんも私もいたんです。ゲームはもうやらなくなってしまったけど、そのグループの交流はいまだに続いていますね。
和泉 みんなでご飯を食べに行ったり、コロナ禍のときはオンライン飲み会もしていましたね。
織守 和泉さんとは、私が東京に行くとき、和泉さんが関西にいらっしゃるとき、よくお会いしていて。それこそ『奈良監獄から脱獄せよ』の取材で和泉さんがいらしたときも、ご飯、食べに行きましたね(笑)。
和泉 そうでしたね(笑)。
織守 重要文化財指定の建物を舞台に執筆されるの、すごいなと思っていました。歴史的建造物を内側から取材し、それを舞台に書くことって難しいですよね。
和泉 内部の見学なんてできないのでは? と思っていたのですが、担当さんが調べ、手立てを講じてくださったんです。けれど実物を目にしたら、“これ、脱獄、無理かも……”とひるんでしまったくらい。見ない方が想像の余地があったかもと思うほど、堅牢な監獄なんです。
織守 でも、主人公の弓削とバディの羽嶋はそこから脱獄していく。元数学教師である弓削の考えた、この計画をなぞればもしかして実際に……。
和泉 脱獄できると思います。見学に行ったとき、当時の看守たちが残した、とある痕跡を見つけたんです。それはともすると脱獄に繋がってしまうかもしれないもの。建物の構造から計算した脱出経路だけでなく、人の行動も、弓削の計画には反映させていきました。
感情描写を緻密にコントロールする
――織守さんの看守ミステリー『SHELTER/CAGE 囚人と看守の輪舞曲』文庫版も3月に刊行されました。
和泉 「私たち、同時期に監獄ものを出すんだね!」とお話ししていたのに、私の脱稿が遅くなってしまったせいで時期がずれてしまいました。
織守 タイムラグはあるけど、和泉さんの新作刊行によってこのジャンルが注目されるかも。
和泉 読み始めたら影響されてしまう気がして『奈良監獄から脱獄せよ』の執筆中、『SHELTER/CAGE』を読むことができなかったんです。
織守 そうだったんですか?
和泉 ずっと持ち歩いていたにもかかわらず(笑)。でも脱稿してすぐさまページを開いたら、あっというまに読み切ってしまいました。織守さんの元弁護士としての知識や感覚が随所に活きていて、殊に司法関係の描写にはすごくリアリティを感じました。『奈良監獄から脱獄せよ』の主人公は冤罪で投獄されている設定なので、司法関係のことについてはあまり書き込むことはできなかったんです。
織守 けれどその分、無実の罪で投獄された主人公から語られていくことが心に響きました。なぜこの人はこんな目に遭うんだ? 何にもしてないのに、こんな真面目な人なのに……って、弓削の抱く辛さにリアリティを感じましたね。
一方で、タイトルは“脱獄せよ”なのに、彼はなかなか脱獄を決意しない。いつ、どうやって脱獄を決意するのか、そろそろ決意したら? 自分の幸せを考えていいんだよ? と、そこもハラハラしながら読んでいました。
和泉 作者としても、この人の脱獄スイッチがわからなくて悩み続けました。
織守 びっくりしたのが、物語の最後まで絡んでくるだろうと思っていた人物が途中で死んでしまったこと。気になっていたキャラクターだったのでちょっとショックでした。
和泉 担当さんが「彼を殺したらどうですか?」と。“え? この人、気に入っているのに殺さなくちゃいけないんですか?”って思いました(笑)。でもたしかに、ストーリー的にはこの人物が死んだほうが、弓削の脱獄スイッチが入るなと犠牲になってもらいました。
織守 彼は、主人公とはすごく仲がいいってわけでもなくて。彼にはこの先、どんな人生があったのかなぁと、思いを馳せることのできる、その人物との距離感も心地よかったです。
そしてこの作品は和泉さんにとって初の一般文芸作品。満を持してというか、いつか書くだろうとみんな思っていたはず。BL作品を書かれている作家さんは登場人物の心の機微を書くのが本当にうまいですよね。特に和泉さんのようにシリアスなBL作品を書かれている方は、緻密な構成のなかに人間関係を鮮やかに浮かびあがらせていく。それを一般文芸に落とし込むことは、強みを持ったまま新しいジャンルに入ってきたと感じて心が躍りましたね。
和泉 BL出身の作家さんは、そのジャンルで培った繊細な感情描写を一般文芸でも発揮されていますよね。なので私も、いつも通りに感情の機微を重ねて書いていったら、ちょっとウエットになってしまって、その加減が難しかった。けれどそこをクリアできたのも、これまで重ねてきた経験があったからかもしれません。
織守 BL作家さんの一般文芸初作品として読んだ方は、思ったよりさらっとしていると感じるのではないかと思います。でも感情を噛みしめて、それをすべて描写していくと物語は動いていかない。これまで培われてきた和泉さんの強みを残したまま、緻密に加減されて書いていらっしゃると感じました。
人物も行動も、関係性がつくっていく
――監獄という舞台は人間関係がより濃密に現れてくる舞台でもあります。
織守 逃げ場がないですからね。どんなに気が合わなくても顔を合わせなくてはいけないし、気が合えばすごく密な関係になるだろうし、苦手だから避けるとか、逆に好きになってしまいそうだからといって距離を置くこともできない。そして何より、その人たちのここでのつながりは好きで選んだ人間関係ではない。
和泉 ゆえに皆、心のなかにも塀をつくっているんですよね。
織守 自分のことを話す必要もないし、できれば知られたくない人がほとんど。そんななか、何年も一緒にいなければいけないので人間関係は濃密になっていきますね。
――和泉さんは「人間関係を書きたくて小説を書いている」、織守さんは「人間関係のドラマを書きたい」と過去のインタビューでお話しされています。
和泉 ひとりの人間を捉える視点は、相手との関係性によって全然違ったものになっていきます。人間の多面性を書くうえで人間関係は切り離せません。たとえば優しくていい人だと思われていた人物でも、別の人との絡みから思いもよらない狡さや弱さが見えてくることもある。人物像が浮き彫りになっていくところが醍醐味ですね。
織守 行動にはその人の内面が表れてくるんですよね。その内面は、他者との関係性と、それによってつくられてきた性格や考え方に基づいているものだと私は思うんです。ゆえに人間関係、そしてその関係性からつくられていった内面がきちんと描けていると、人物の行動に説得力が出る。普通ならその思考にはならないと思えることでも、“このキャラクターの考え方ならこうなる”ということが書けていると、読者にも納得してもらえる。そこが読みどころでもあり、私にとっては力の入れどころ。
たとえば少し前にサイコパスの一人称を書いたのですが、その思考は普通の人のそれとはかけ離れているんです。けれどその人のなかではちゃんと筋が通っている。リアリティのないことをしているのにリアリティのある人間の内面、それを作りだしたであろう他者との関係性を描き出していくのは難しいけれど楽しい、最も力を注ぐべきところのひとつだと思っています。
すべての登場人物がパズルのピースのようにハマっていく
――今のお言葉、まさに織守さんの最新作『隣人を疑うなかれ』に注がれていると感じました。殺人犯が同じマンション内に住んでいるかも、という不安を抱える住民たちからは、他者との関係性が浮き彫りになってきます。
和泉 夢中になってページを繰っていきました。特に、マンションの住人で内側から真相を探っていく彩と晶、二人の女性バディの関係性がすごくいいなぁって。彩は晶の友人の奥さんですけど、この二人、刑事である彩の夫を蚊帳の外に置いて彼女らだけでわかり合っているんですよね。彩の本質を知っているのは夫より晶の方だし、彩も晶のことをすごく理解している。精神的な百合ともとれる、二人の関係に萌えました。
――緻密な構成が活きるこの一作はどこから生まれてきたのですか?
織守 事件の真相というか、最後にわかる事実のところがまず浮かんできたんです。そこから事件を探っていく人を考え、対照的な二人の女性にしようと。マンションの理事長を引き受けるなど、誰にも人当たりのいい彩が先に出てきたのですが、どういうキャラクターなら彩にツッコめるか、彼女と仲良くなれるか、バランスがいいかを考えたとき、思いついたのが元ヤンの晶(笑)。彩は表面上、取り繕って上品にしているので、一見真逆のような、けれど本質は似ているキャラクターにしたいなと。
私の作品は、キャラクター同士の関係性を楽しんでくださる読者の方が多いのですが、この作品はあまりそういうのが出てこず、彩と晶の二人は私らしく書こうと意識していたので、和泉さんにそう言っていただけてうれしい。
でもね、実はプロットづくりの最後の段階になっても“犯人”は決まってなかったんですよ。
和泉 そんなことがあるんですか!?
織守 神戸のカフェで担当さんと話をしていてもなかなか答えが出てこず、それで私、ちょっとトイレに立って。帰ってきたとき、突然、“これだ!”と閃いたんです。私の読者は、どこかでどんでん返しがあるだろうと予想して読んでいるので、本作ではその予想を超えたかったんです。
和泉 これはすごい! と思ったのと同時に、彩と晶との友情も腑に落ちてきたというか。あの仕掛け、驚きのみならず、読後の余韻をより大きなものにしてくれますよね。
織守 うれしい!
――それぞれ異なる家族構成で暮らす人々が描かれていくなかでは、いかに私たちが思い込みのなかにいるのかということも炙り出されてきます。
織守 普段こういう生活をしている人は悪いことをしそうだとか、逆にこういう仕事をしている人、こういう家庭環境の人なら大丈夫とか、そういう思い込みってありますよね。
和泉 でも私的には、この人はこういう人だろうという思い込みのなかで付き合っていくうち、実はそうじゃなかったというのが結構好きなんです。
織守 ギャップ萌えですね(笑)。
和泉 はい(笑)。美人な若奥様然とした彩にもギャップ萌えを感じました。こういうキャラクター、私も書いてみたいです。織守さんの新作からは、そんなギャップ萌えするキャラクターの造形も学ばせていただきました。
――お二人の新作、登場人物が多いのにすべてのキャラクターがストーリーに活きているのが心地いいです。
和泉 織守さんの作品は、人物もその背景も、パズルのピースのようにハマっていく。視点がいっぱいあるのに本当にムダがない。
織守 『奈良監獄から脱獄せよ』も監獄のなかの人物配置にムダがない、美しいパズルのようです。そういう意味でも私たちの新作、ちょっと似ているかも。
和泉 そうですね。私の新作は男性バディ、織守さんの新作は女性バディがストーリーを引っ張っていくというところも。二冊一緒に楽しんでいただけたらうれしいですね。