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軍歌を見れば、日本がわかる

2014.08.11 公開 ポスト

第4回 エロ歌謡から軍歌へ。1930年代の<クールジャパン>辻田真佐憲

エログロナンセンス隆盛から検閲の時代へ

 今回は、「1930年代の〈クールジャパン〉」をキーワードに、軍歌について考えてみたいと思います。

「1930年代の〈クールジャパン〉」? なぜその2つが結びつくのかと思われるかもしれませんが、「有害」な表現を排除し、「健全」なコンテンツを保護・育成して、国のために役立たせようとする当局の動きは、実は1930年代にも顕著に見られました。

 1930年代初頭の日本は、「エログロナンセンス」と呼ばれる文化の全盛期。名前だけ聞くと退廃的な印象を受けますけれども、モダンな都市文化が日本にも花開いたと考えてもらえばいいでしょう。その頃相次いで設立されたレコード会社もこの流れに便乗して、いわゆる「エロ歌謡」を次々に売り出しました。

 次はその一例です。

「ほんに悩ましエロ模様」(小国比沙志作詞、片岡志行作曲)
印度更紗のカーテン閉めて 一つのグラスにあの手とこの手
絡み絡んで吸いつけ葉巻 恋のサービス スペシャル・ルーム
ほんに悩ましエロ模様

 当時のカフェーには、チップをはずむと女給とふたりきりになれる「スペシャル・ルーム」なる部屋がありました。そこでは特別な「恋のサービス」が供されたといいますが、何を意味するかは敢えて説明するまでもないかと思います。

 他にも、「エロ行進曲」だの、「エロ小唄」(*)だの、「エロエロ行進曲」だの、どうしてこうなったという感じの漂うレコードが沢山溢れていました。

レコード検閲の一端。「梅毒」「おしっこ」という単語が「低劣」だと発禁処分に。「出版警察報」93号より。

 もちろん、いつの時代も風紀にうるさい当局はこのような「エロ歌謡」を苦々しく思っていて、何とかして取り締まろうと目論みました。例えば、1934(昭和9)年には出版法が改正され、内務省警保局によるレコード検閲がスタート。また、1936(昭和11)年には、日本放送協会が流行歌の純化をめざして「国民歌謡」というラジオ番組を始めました。ちなみに、大日本雄弁会講談社が1930(昭和5)年に発足させたキングレコードも、その目的に「健全な歌」の提供を掲げていました。1930年代いかに「有害」なレコードが敵視されていかがわかるかと思います。

 もっとも、当局は強圧的に「エロ歌謡」を排除しようとしたのではありません。彼らのやり口はもっと巧妙でした。

 すなわち、まず見せしめ的にひとつ発禁処分を行う。すると、レコード会社は「せっかく作ったレコードを発禁されては赤字だ」と慌てて事前にお伺いを立ててくるようになる。また懇談会などを開催して、当局と意見をすり合わせようとする。そこで取り締まる側も、レコード会社が自主検閲してくれたほうが効率的なので、これに応じる。そうこうする内にいつのまにやら官民の協調体制ができあがり、当局の意に沿ったレコードが自然に生まれるようになる……。これがレコード検閲の実態だったのです。現に、内務省によってレコードが発禁処分されたケースはきわめて稀でした。

日中戦争勃発以後、エロ歌謡は健全な軍歌へ

「健全化」された流行歌、国民歌謡。『写真週報』31号より。

 このようにレコードの「健全化」が進みつつあった中で起こったのが、1937(昭和12)年の盧溝橋事件、すなわち日中戦争の勃発だったのです。非常時に売り出すべきレコードとはなにか。もちろん、軍歌です。レコード会社からすれば、検閲に引っかかる危険がなく、なおかつ時局に便乗できる軍歌は格好の商品でした。かくて、「エロ歌謡」は完全に「健全化=軍歌化」してしまったのです。

 満洲事変の時のレコードではありますが、先の「ほんに悩ましエロ模様」と同じ作詞者が書いた軍歌がありますので、比較のためここに引いておきましょう。

「便衣隊討伐の歌」(小国比沙志作詞、アサヒ文芸部作曲)
揮う悪魔の青竜刀 暴虐無尽横行の
壊滅期して遂に立つ 世界にはゆる日本刀
天に代りていざ討たん

「エロ歌謡」から軍歌に転向したのは、この作者に留まりません。西条八十も、サトウハチローも、中山晋平も、古賀政男も、みな軍歌に転じていったのです。

 では、当局は音楽を「健全化」できてハッピーだったのでしょうか。実は必ずしもそうではありませんでした。というのも、「有害」批判に代わって「駄曲」批判の声が大きくなったからです。レコード会社が当局に迎合して「上海陥落」や「南京占領」といった軍歌を作ったのはいいが、それらはどれも退屈かつ汎用で、大衆が飽きてしまったではないか、というのです。このような批判は、1945(昭和20)年の敗戦まで絶えることなく繰り返されました。

「エロ歌謡」は下らないといえば下らないですが、しかし、その煽情的な表現こそ大衆文化のエネルギー源だったのではないでしょうか。当局が都合よく「有害」な部分だけを排除して、コンテンツの魅力を再利用するなんてことは、そもそも不可能だったのです。結果、軍歌の多くは時代とともに「健全」なだけの抜け殻になってしまいました。

 コンテンツ産業に詳しい方ならご存知のとおり、現在も「エロ」にまつわる表現は極めて重要な位置を占めています。例えば、アダルトゲームのイラストレーターが人気アニメのキャラクターデザインを手がけていたり、あるいは国民的な知名度を誇る漫画家がエロ漫画も描いていたり、という交流の例は枚挙に遑ありません。「有害」と「健全」は表裏一体なのです。それだのに、「有害」な表現だけを都合よく排除できるでしょうか。

 退屈な「健全」コンテンツを生み出してしまった「1930年代の〈クールジャパン〉」の帰結は、今日の文化政策を考える上でもなかなか示唆的だと私には思われます。


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辻田真佐憲

一九八四年大阪府生まれ。文筆家、近現代史研究者。慶應義塾大学文学部卒業。同大学大学院文学研究科を経て、現在、政治と文化・娯楽の関係を中心に執筆活動を行う。単著に『日本の軍歌 国民的音楽の歴史』(幻冬舎新書)、『愛国とレコード 幻の大名古屋軍歌とアサヒ蓄音器商会』(えにし書房)などがある。また、論考に「日本陸軍の思想戦 清水盛明の活動を中心に」(『第一次世界大戦とその影響』錦正社)、監修CDに『日本の軍歌アーカイブス』(ビクターエンタテインメント)、『出征兵士を送る歌 これが軍歌だ!』(キングレコード)、『みんな輪になれ 軍国音頭の世界』(ぐらもくらぶ)などがある。

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