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おしゃべりから始める私たちのジェンダー入門

2023.11.09 公開 ポスト

「大学生の張り詰めた真面目さ」1年間の講義で思った“感心”と“心配”清田隆之(桃山商事)

清田隆之さんによる“能力”への見解を著書『おしゃべりから始める私たちのジェンダー入門』よりご紹介します。

他者からの期待を的確にくみ取る能力はどこから生まれるか?

2021年の春から大学で非常勤講師をしている。知り合いの編集者さん経由で声をかけていただき、女子美術大学でデザインを学ぶ1年生の授業を、前期は週1で2コマ、後期は週2で4コマ担当することになった。これまで学園祭のイベントやゲスト講師という形で大学生と関わったことはあるが、通年で授業を受け持つのは初めての経験だ。

そして先日、1年間の授業がすべて終了。緊張と試行錯誤の連続だったが、無事に終えることができてほっとしている。

自宅から電車で1時間、そこからさらにバスで25分ほど行った神奈川県相模原市に女子美術大学はある。社会人になってからずっと自営業のような形で働いてきた私にとって、こうして本格的に電車&バス通勤するのは初めての経験だ。授業は2コマ連続で計3時間。往復の移動時間を含めると1日がかりになる。原稿の締め切りと双子の子育てに追われる私にとって、こうした〝レギュラー仕事〞に携わるのはなかなかのチャレンジだった。

私が受け持っているのは「言葉」がテーマの授業だ。デザイン学科にそのような授業があるのは、最終的にはビジュアルで表現するにしても、構想、アイデア、共同作業、プレゼンテーションなど、もの作りのプロセスには言葉を扱う力が不可欠だと大学が考えているからで、1年生の全員が必修科目として履修する。

授業内容は担当講師に委ねられており、私は「言語化」を全体のテーマに設定した。言語化とは「言葉にする」ということで、自分の中に生まれた感覚や感情、思いつきや考えなどに形を与える行為を指す。形の見えない何かの輪郭を捉える作業、とも言えるかもしれない。言葉ですべてを表せるわけではないし、言葉にすることでどこかが切り捨てられてしまったり、逆に余分なニュアンスが含まれてしまったりすることもある。

しかし、そうであってもいったん言葉にしてみないことには取り扱えるものにならない。そのような考えのもと、言語化のプロセスを楽しみながら体感してもらえるような授業を用意した。

自己紹介、インタビュー、テープ起こし、言葉がテーマのボードゲーム。好きな作品を推してもらったり、単語と単語を組み合わせて新しい言葉を創作してもらったり、気になる風景をスマホで撮影し、そのとき抱いた感覚についてプレゼンしてもらったりもした。無茶振りのようなワークもあったが、みんな想像を超えるクオリティで打ち返してくれて驚かされた。大学1年生のときの自分だったら絶対にこんな応答はできなかっただろう。

でも一方で、この真面目さや器用さは何に由来するものだろう……とも思う。1クラス20人ちょっと、年間で70人ほどの学生たちと関わってきたが、全体の出席率は9割を超え、体調不良で休学することになってしまった人を除けばほぼ全員が最終課題を提出した。大学時代に怠惰を極めて1年次の単位をほとんど落としてしまった私からすると本当にまぶしいくらいだ。

(写真:Unsplash/Siora Photography)

しかも、彼女たちは常になんらかの課題に追われており(これは美大生特有のものかもしれないが)、いつも寝不足だと言っていた。また金銭的に余裕がないためバイトが忙しそうな人も少なからずいたし、この授業は演習科目のため対面が基本だが、これ以外は新型コロナウイルス感染症対策でオンライン授業も多く、人と会う機会が少ないことに不安と孤独感を覚えている学生も多かった(地方にある実家から毎回リモートで受講している学生も一定数いた)。

彼女たちの真面目さは、おそらくそういった環境と無関係ではない。常になんらかのタスクと向き合い、小刻みにタイムマネジメントし、場面ごとに様々な役割やキャラクターを切り替える。正解(とされているもの)に早く効率的に到達することが是とされ、他者からの期待や要求を的確にくみ取る能力も求められる

あの真面目さや器用さは、そういった環境に適応する中で形成されたものではないかと感じる。すごいな、大したものだなとリスペクトすると同時に、どこか張り詰めているような印象も受け、少し心配にもなる

毎回、授業の終わりに言語化のトレーニングも兼ねて感想シートを提出してもらっているのだが、そこには他者の考えに触れられることの喜びや、自分の知識とセンスを磨いていきたいという熱い思い、また逆に、将来への不安やなかなか自己肯定できない苦しみなどが切実な言葉でつづられており、帰りの電車で読み入ってしまう。カッコいいなと思うし、何か力になれることがあったらいいなとも思う。

それは私にとって、何をすればいいのかわからず迷走しまくっていた大学1年生のときの私を抱きしめることでもあり、また、いつか双子たちが同じくらいの年齢になったときにどんなコミュニケーションができるかを想像する経験にもなっている。

これは美大生ならではなのか、感想シートにはよく私のイラストが描かれてある。教壇でしゃべる私、プリントが足りずに焦る私、モニターの接続に困る私……。また、その時々の髪形や服装なども描写されていて、こちらもまた観察される側なのだと改めて実感する。

自分が「先生」と呼ばれる立場にいることにいまだに慣れないけれど、望まざるとも手にしてしまっている権限や影響力の大きさを意識しながら、言葉について、社会について、ひいては人生について楽しみながら考えるようなきっかけを提供していけたらと思う。

清田隆之(桃山商事)『おしゃべりから始める私たちのジェンダー入門』

あのとき悩んだあのことは、全部ジェンダーの問題だったのかも…!?  非モテ男性たちのぼやき、仮性包茎に『うっせぇわ』、『おかあさんといっしょ』や母親からの過干渉、ぼる塾、阿佐ヶ谷姉妹のお笑い、ZARDに朝ドラの男性たち、パワハラ、新興宗教、ルッキズム…… ジェンダーを自分事として考えるために。 共同通信配信の好評エッセイ「清田隆之の恋バナ生活時評」を大幅加筆。より正直に、言葉の密度高く書籍化。

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おしゃべりから始める私たちのジェンダー入門

2023年11月17日開催の清田隆之×勅使川原真衣「能力主義の生きづらさ~仕事中心社会のモヤモヤをおしゃべりでほぐす~」講座に向けて、清田さん著『おしゃべりから始める私たちのジェンダー入門』の試し読みです。

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清田隆之(桃山商事)

1980年東京都生まれ。文筆業。恋バナ収集ユニット「桃山商事」代表。早稲田大学第一文学部卒。これまで1200人以上の恋バナに耳を傾け、恋愛とジェンダーをテーマにコラムを執筆。朝日新聞be「悩みのるつぼ」では回答者を務める。
単書に『さよなら、俺たち』(スタンド・ブックス)、『自慢話でも武勇伝でもない「一般男性」の話から見えた生きづらさと男らしさのこと』(扶桑社)、桃山商事名義としての著書に『生き抜くための恋愛相談』『モテとか愛され以外の恋愛のすべて』(イースト・プレス)、澁谷知美氏との共編著に『どうして男はそうなんだろうか会議──いろいろ語り合って見えてきた「これからの男」のこと』(筑摩書房)、トミヤマユキコ氏との共著に『文庫版 大学1年生の歩き方』(集英社)などがある。

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