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おしゃべりから始める私たちのジェンダー入門

2023.11.14 公開 ポスト

「中高男子校的コミュニケーションの私」を変えた“ガールズトーク”文化の凄さ清田隆之(桃山商事)

清田隆之さんによる“能力”への見解を著書『おしゃべりから始める私たちのジェンダー入門』よりご紹介します。

「お茶する」ことの醍醐味

最近、立て続けに友人知人とお茶する機会に恵まれた。夏にコロナ感染してしまってボロボロになった生活と仕事をひと月くらいかけてなんとか立て直したあと、元から予定していた知人との約束や、観劇の際に友人とばったり会う偶然が続き、一緒にお茶することの喜びを嚙みしめている。

ここで「お茶する」という言葉で表現しているのは、特別なテーマや目的もなく、近況とか気になることとか身の上話とか、とにかく思いつくままおしゃべりを楽しむ、そのようなコミュニケーションのことだ。こう書くと普通のことに感じられるかもしれないが、私がこの感覚を身につけたのは30代になってからのことだったように思う。

では、それまでの自分は周囲の人とどう関わっていたのか。明確に自覚できるのは高校生になって以降のことで、中高一貫の男子校に通っていた私は、空気のように蔓延する競争的なコミュニケーションに煽られていた。話を振られたらボケる、友達の発言にツッコミを入れる、誰かをイジって笑う、先生を茶化す、注目を集めるため突飛な行動に出る……など、「おもしろいことを言わなきゃ」「変なことをしなきゃ」と必死に頑張っていた

笑いが起きればそれは「良いコミュニケーション」で、みんなで空気を読み合いながら、お決まりのパターンに頼ったり、割り当てられたキャラクターに則って振る舞ったりする。輪の中心にいないと発言の機会が回ってこないこともザラで、ボケやツッコミを挟むチャンスを虎視眈々と狙う。

そういった空気の中では、人の話をちゃんと聞くということも、自分の話に耳を傾けてもらうということも、ほとんどない。男子校でそういったコミュニケーション様式浸りきってしまった私は、大学でもバイト先でも、恋愛でも友人関係でも、そのような感覚をベースに人と関わっていたように思う。

社会人として働くようになってからも、飲み会で仕事のつながりが生まれるようなところが多々あり、男性社会的な色合いの濃かった出版業界の仕事の場では、そうした瞬発力を問われるコミュニケーションがむしろ役立つスキルとなり、特に疑問を持つことなく過ごしていた。

しかし、桃山商事の活動や30歳のときに経験した失恋、その頃から時間を費やすようになった女友達との語らいなどを通じ、自分のコミュニケーション様式に大きな変化が生じた。とりわけ革命的だったのは、話を「聞く」ことのおもしろさや重要性を知ることができたことだ。これはいわゆる「ガールズトーク」の文化に学んだ部分が大きかった
 

(写真:Unsplash/Priscilla Du Preez)

女友達が繰り広げる会話に耳を傾けていると、とにかく話があちこちに飛ぶ。脈絡のない話題が次々飛び出してくるような印象で、それで内容がちゃんと理解できるのか、そもそも楽しいものなのか、昔はよくわからなかった。なんなら「女って人の話を聞かないよな」くらいに思っていたのだが、そうでは全然なかった。

一見カオスに思える話題は、実はシナプスが連結するようにどこかの点でつながっていて、関係ないように見えて実は関係ある話をしている。「それな」という言葉が表現しているような〝わかりみ〞のシェアと言えばいいのか、あるいはクオリア(感覚的・主観的な経験に基づく独特の質感)的つながりとでも言うのか、とにかく「その感じ、なんかわかる!」という感覚を連ねていくようにおしゃべりを続けていく。

それはむしろ相手の話をちゃんと理解していないとできないことで、そのメカニズムに気づいたときは結構な衝撃を受けた。「コミュニケーションってこういうことを指すのかもしれない」「俺が今までやっていたのはコミュニケーションではなくプレゼンテーションだったのかも」と考えを改めざるを得なかった。

友達とふざけ合うことや、お酒を飲んでわいわいはしゃぐことは、確かに楽しい。それを否定したいわけでは全然ない。でも多分、そこでは本当の意味での〝話〞はしていない。私の奥底には「俺のことをわかって欲しい」という思いが沈殿していたが、当時はその欲求があまり満たされていない感覚があった。それは相手の話を聞いていないからだった。

相手の話に耳を傾け、内容を理解し、その人に見えている景色を少しずつ共有していくと、「その感じ、なんかわかる!」と、自分の中の記憶や感覚が呼び起こされる瞬間が訪れる。それを相手に伝え、理解してもらえると、不思議といい気持ちになる。感情が言語化されたり、記憶が整理されたり、自分を再発見したり、考えがまとまったり、不思議と孤独が癒えたり、不安がやわらいでいったり……。

互いの内側にあるものを共有し、理解を深めていく過程で味わう様々な感覚こそ、「お茶する」という行為の、ひいてはコミュニケーションそのものの醍醐味だと私は学んだ

久しぶりに会った知人との会話では占いやお金の話題が飛び交った。詩を題材にした演劇を見たあとになぜか「またみんなで旅行したいね〜」と盛り上がり、戦争を描いた舞台を見たあとは政治の話や転職の話題で持ちきりだった。話が多岐にわたりすぎてあとから思い出せないこともザラだけど、そこで編まれたシナプスの網はハンモックのように心地良く、また層のように重なって自分という人間を構成していく。……と、なんだかずいぶん大げさな話になってしまったけど、とにかくお茶することの楽しさが少しでも伝わっていればうれしい。

清田隆之(桃山商事)『おしゃべりから始める私たちのジェンダー入門』

あのとき悩んだあのことは、全部ジェンダーの問題だったのかも…!?  非モテ男性たちのぼやき、仮性包茎に『うっせぇわ』、『おかあさんといっしょ』や母親からの過干渉、ぼる塾、阿佐ヶ谷姉妹のお笑い、ZARDに朝ドラの男性たち、パワハラ、新興宗教、ルッキズム…… ジェンダーを自分事として考えるために。 共同通信配信の好評エッセイ「清田隆之の恋バナ生活時評」を大幅加筆。より正直に、言葉の密度高く書籍化。

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おしゃべりから始める私たちのジェンダー入門

2023年11月17日開催の清田隆之×勅使川原真衣「能力主義の生きづらさ~仕事中心社会のモヤモヤをおしゃべりでほぐす~」講座に向けて、清田さん著『おしゃべりから始める私たちのジェンダー入門』の試し読みです。

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清田隆之(桃山商事)

1980年東京都生まれ。文筆業。恋バナ収集ユニット「桃山商事」代表。早稲田大学第一文学部卒。これまで1200人以上の恋バナに耳を傾け、恋愛とジェンダーをテーマにコラムを執筆。朝日新聞be「悩みのるつぼ」では回答者を務める。
単書に『さよなら、俺たち』(スタンド・ブックス)、『自慢話でも武勇伝でもない「一般男性」の話から見えた生きづらさと男らしさのこと』(扶桑社)、桃山商事名義としての著書に『生き抜くための恋愛相談』『モテとか愛され以外の恋愛のすべて』(イースト・プレス)、澁谷知美氏との共編著に『どうして男はそうなんだろうか会議──いろいろ語り合って見えてきた「これからの男」のこと』(筑摩書房)、トミヤマユキコ氏との共著に『文庫版 大学1年生の歩き方』(集英社)などがある。

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