法務省の「社会を明るくする運動」の一環として、刑務所などの矯正施設の取り組みの紹介や、受刑者が制作した製品の展示販売などを行う「矯正展」という催しが全国で開かれています。
先日、星野リゾートによって日本初の「監獄ホテル」として生まれ変わることが発表された旧奈良監獄でも、10月8日、9日の二日間、奈良矯正展が行われました。
特別トークショーのゲストに、『奈良監獄から脱獄せよ』を執筆した和泉桂さんが、産業遺産コーディネーターの前畑洋平さん、元刑務官の方と登壇。トークの模様をお届けします。(全3回)
* * *
和泉 元々BL作品でデビューをして、ここ最近は女性向けのライト文芸を書いていたんですが、この度初めて一般文芸作品として、大正時代の奈良監獄を舞台にした『奈良監獄から脱獄せよ』を刊行していただきました。
前畑 初めての一般文芸ということで、きっとご苦労もたくさんあったと思うんですけど、後ほど書かれて感じたこととか、ぜひお話を聞かせていただきたいと思います。刑務所で話すこと自体初めてで緊張しますよね。Kさんにも自己紹介をしていただきましょうか。
K 皆さんこんにちは。私、元刑務官のKと申します。ここ奈良少年刑務所、旧奈良監獄に30数年勤めさせていただきました。
皆さんご存じのとおり、ここは明治41年に建てられました。明治34年から、7年間かけて建てられたんです。受刑者の手でレンガを焼いて、それを使って建てられました。
前畑 じゃあその時、監督するの大変やったんじゃないですか。
K ……バカなことを言いますね~。
和泉 生まれてないですよね(笑)。
K そのとおりです(笑)。私は昭和54年に拝命、採用されることを拝命というのですが、ここに拝命されて、平成29年3月31日に奈良少年刑務所が廃庁になるまでの30数年間、勤めさせていただきました。
前畑 小説のタイトルでは「奈良監獄」となっていますが、最後は奈良少年刑務所だったんですね。
K そうですね。元々は奈良監獄という名前でしたが、大正11年に奈良刑務所と名前が変わります。その後昭和21年に、奈良少年刑務所というふうに変わりました。
前畑 少年刑務所というのは、26歳ぐらいまでの方が収監されるんですよね。
K そうですね、若い人のことを少年と言ってます。
皆さん、少年というと未成年者のことを想像されるかもわからないんですけども、刑務所の区分で「少年」というのは20歳から26歳までのことを指すんです。
前畑 奈良少年刑務所の説明はこのあたりで留めないと、奈良赤レンガフェスティバルのガイドツアーに来てもらえなくなっちゃうんで……。Kさんには、元刑務官さんのガイドメンバーのひとりとしてご活躍いただいていますので、ぜひ、指名はできないんですけど、ツアーで詳しいことを聞いていただきたいと思います。
実際和泉さんが奈良監獄をテーマに本に書くことを決められたのは、奈良少年刑務所が閉庁した後ですか?
和泉 もうとっくに閉庁していました。
前畑 なるほどなるほど。ここをテーマにして書こうと思った経緯を教えてください。
和泉 元々廃墟が好きで、それがきっかけで前畑さんとも知り合ったんですよね。以前、長崎刑務所の写真を見たのが、こうした建築に興味を持ったきっかけでした。
前畑 長崎刑務所はもう壊されてしまって正門だけ残っていて、その正門がスーパーのすぐ裏にあるんです。刑務所の門がついてるスーパー、なかなか面白いのでぜひ見ていただきたいんですけどね。実際に行かれたんですか?
和泉 行ったことはないんですけれども、写真集で拝見してすごく素敵だなって思って。それで五大監獄について調べてるうちに奈良監獄を知ったんです。
前畑 そうだったんですね。実際に奈良監獄を見られた時、第一印象はどうでしたか?
和泉 とても綺麗な建物だなっていうのが第一印象で、この建物の美しさを読者さんに伝えたいって思いました。
前畑 Kさん、嬉しいですよね。元職場をこんなに綺麗って言ってもらうって、なかなかないですよね。特に印象に残った場所ってあったりしますか?
和泉 まずは正門がすごいインパクトがあったんですけれど、やはり中央監視所ですね。
K 中央監視所から全部の舎房、使用者が入っているところが一望できる。ひとりで全部が見られるようになっていますね。
前畑 これ、実際にここにずっと立ってはったんですか?
K いやいや、ここにずっと立ってたら舎房の中が見れないですからね。実際はこの奥の方に房があって、その中を見ないといけない。ですから、外からひとつずつ房の中を見るってことを絶対にやってます。
古には、年中行事のように起こっていた!?
前畑 タイトルにもなっていますが、今回のテーマは脱獄です。法務省に「脱獄の本書きたいんで、取材させてください」って、よくOK出たなってちょっとびっくりなんですけど。
和泉 編集部で取材を申し込んでくださったのですが、最初は脱獄って言わないで、ただ取材させてくださいってお願いしたらしいです。なので、実際に現地で対応してくださった奈良拘置支所のIさんは途中で、「この人脱獄のことばっかり聞くな」って思ったんじゃないかな……。
前畑 きっとそうですよね。例えばどんな質問されたんですか?
和泉 スタンダードに、今まで脱獄した人はいますかって。
前畑 すごい質問だと思うんですけど、実際、Kさんどうなんですか?
K 私が昭和54年から平成29年の3月31日まで勤めさせていただいている間、ここからの脱獄は一回もありません。
前畑 これはもし聞いていたら、心折れる情報ですよね。
和泉 一応資料を読んでいるうちに、戦後まもなくの混乱している時期に玄関が壊れて、その修理をしていた囚人が逃げたっていうのは読んだことがあるんです。
前畑 すごい。そんな情報どこで……。
K でも私も、古い人に聞いた話では、昭和20年代ぐらいまでは本当に脱獄があったそうです。
前畑 件数としてはきっとそんなに多くないだろうけど。
K 古の人に聞くと、年中行事のように……。
和泉 すみません、ちょっと待ってください。一応、難攻不落の奈良監獄って言われてたんですよね(笑)? そう書いちゃいました。
前畑 でも僕も、近所のお年を召されている方に話を聞いたら、脱獄、当時は破獄って言ってたようですが、脱獄があった時には、サイレンが鳴るらしくて。その方たちは自分の子供に「今怖いお兄さん逃げてるんだから、言うこと聞かなきゃって家に来るよ」って、教育に使ってたって聞きました。
K 私はそのサイレンを聞いたことはないのですが、古の人から聞くと、そういう話がありますね。
外から塀を見て、「やれる」と思ったんです
前畑 今日は言いにくい話を全部古の先輩のせいにして、ぜひ色々お話いただけると(笑)。
実際この本を書くためにご見学された時、前提としては、脱獄できるっていう心意気で見に来られたんですか?
和泉 はい。本当に脱獄できるか確信がないとこの企画を進められないと思ったので、2020年の1月に奈良監獄を見に来ました。当然アポも全然取っていなくて、外からしか見られなかったんですけど、塀を見て、「やれる」と思ったんです。
前畑 それ、刑務官さんにとっては辛いところですよね。
K でも多分皆さんも外から見ると、そこの塀に脚立か何かを立てかければ中に入れるような雰囲気があると思うんです。でも、実際に中からとなるとまた違うんですよね。
前畑 そうですよね。実際どうでしたか、中から見たらだいぶイメージが変わったんじゃないですか?
和泉 そうですね。いけると思ったので、編集部に取材をお願いして、実際に奈良監獄の中を見に来たんですけれども、次の印象が「これはやれない」で。
前畑 結構堅牢ですよね。
和泉 どう頑張っても、自室から塀までたどり着かないんですよね。
K そう、塀まで行くのがすごく難しい。自分の居場所から自由に出れるっていう環境がまずないですから。さらに我々の目があって、扉には全部鍵がかかっている。それにもし塀にたどり着いても、今はもうないんですが、当時は、塀の下に線が張り巡らされていて、それに触れる、あるいはそれが切れると、非常ベルが鳴って、職員が飛んでくる。まず無理ですね。
前畑 僕は奈良少年刑務所だった頃から、この建物をなんとか残せないかと保存運動をずっとやらせていただいていました。この建物、100年以上経ってる建物なので老朽化がすごくて。
K それで多分、閉庁っていうことになったんだと思います。
前畑 ですよね。時間をかけて色々やり取りをしていく中で、いろんなお話を聞けるようになって。元々は建物を残したくて活動していましたが、刑務所の中には一般の人が知らないことがたくさん詰まっていたので、これをいろんな人に共有した方がいいなと思いました。
2017年に奈良少年刑務所が閉庁してしまうということで、最後の記念冊子を作ってほしいというお仕事をいただき、受刑者がまだいらっしゃるときにがっつり内部の写真を撮らせていただき、その時にも思いましたが、やっぱり堅牢です。
和泉 本当にそう思います。
前畑 よっぽどの思いがないと、逃げようとはならない。ぜひ本の中でどのように脱獄したかは、実際に読んでいただきたいなと思います。
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旧奈良監獄では「奈良赤レンガフェスティバル」を10~12月中の間、期間限定で開催しています。
美しいレンガ造の正門の内部や史料館や前庭などをご見学いただく元刑務官のガイドツアーなどを毎週日曜日に実施しています。
くわしくは旧奈良監獄のHPから。
奈良監獄から脱獄せよ
8月23日刊行の、和泉桂さん初めての一般文芸作品『奈良監獄から脱獄せよ』の試し読みをお届けします。
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