先日、星野リゾートによって日本初の「監獄ホテル」として生まれ変わることが発表された旧奈良監獄。10月8日、9日の二日間、刑務所などの矯正施設の取り組みの紹介や、受刑者が制作した製品の展示販売などを行う、奈良矯正展が行われました。
『奈良監獄から脱獄せよ』を執筆した和泉桂さんが、奈良監獄にも詳しい産業遺産コーディネーターの前畑洋平さん、元刑務官のKさんとトークショーに登壇。刑務所の日常が垣間見える第二回をお届けします。(全三回)
* * *
前畑 和泉さんは過去にあった脱獄とか、他の刑務所のこととかも調べられたんですか?
和泉 はい、国会図書館に通った記憶があります。実際の建物を参考にしたかったので、刑務所ではなく監獄を見ました。愛知県にある明治村に行って金沢監獄を見たり、網走監獄を見学に行ったりしました。
前畑 Kさん、金沢監獄って結構奈良と繋がりが深いんですよね。
K 金沢監獄も明治時代の五大監獄の中のひとつとされてます。千葉、金沢、 長崎、鹿児島、そして奈良が、明治時代の五大監獄。五大って言っても、大きい監獄じゃないんですよ。明治時代に建てられた、こういうレンガ作りの、近代的な監獄の代表です。今でもその全貌が残っているのは、唯一奈良監獄だけ。あとは一部が資料として残されているとか、表門だけをどこかに移されて残っているとか、そういうことになっています。
前畑 明治村でご覧になった金沢監獄も奈良監獄と同じく放射線状に廊下が伸びていて、中央監視所があるような作りだったかと思うのですが、大きく違うのは、金沢監獄は木造です。
和泉 そうなんです。これならできるんじゃないかと思いました。
当時、さまざまな監獄を見学に行きましたが、どこを見ても脱獄できるかどうかしか、自分の判断ポイントがなくなっていました(笑)。
前畑 そういう視点で来る人を案内するのって、貴重な機会ですよね。
K ね。でも見れば見るほど難しいですよね。
和泉 2階建てより1階建ての方がいいとか。木造の方がいいとか。
調べていくと網走はすごく羨ましかったです。外役っていって、外に出てやる作業がかなり多かったようですし。脱獄チャンス、ものすごく多いなって思いました。
前畑 ……大丈夫ですか、法務省管轄の案件でこのトークしてますけど(笑)。でも実際、外に出る作業の時は、ピリピリしますよね。
K そうですね。職員の目だけしかないから。
受刑者との信頼関係で成り立つ取り組み
前畑 奈良少年刑務所ってむちゃくちゃ先進的な取り組みをやってたんですよね。最近の例だと、外部通勤作業とか。
K 外部通勤作業っていうのは、普通は塀の中で作業をするんですけども、外の事業所と契約して、そこに刑務所から通勤させるというものです。
前畑 びっくりしたんですけど、刑務官の方が付き添いで一緒に行かれるのかなと思ったら、違うんですよね。
K そうそう、普通の私服で、普通にバスで通勤させて、彼らにはGPS付きの携帯電話ひとつだけ持たせて、職員の同行はなし。ましてや手錠をするわけでもない。
前畑 じゃあ、逃げようと思ったら……。
K いつでも逃げられます。
和泉 逃げた人はいないんですか?
K いてないんですよ。自ら真面目な精神を養ってもらって、作業をして、ここから出ていったら二度と罪を犯さないよう更生していくために、そういった作業があったんです。
前畑 法改正があって外部通勤作業が認められた時に、最初に手を挙げて取り入れようって言ったのが、奈良少年刑務所だったわけですもんね。
リスクを犯しても、それだけ更生をしてもらいたいって思いがあったんですね。
K 外部通勤作業に従事していた受刑者は第六寮で生活していたのですが、部屋の扉が赤、青、黄色など原色になっていたり、円形の窓があったりします。
和泉 以前見学しましたが、第六寮だけ全然毛色が違いました。
K ですよね。しかもドアの内側に取っ手がありますからね。自由に出入りできるようになっていた。
前畑 受刑者との信頼関係が成り立った上でのことですよね。第一寮から五寮は、ドアだけでもすごく分厚くて、自分では開け閉めできない形状になっているんですよね。
K そうですね。扉の厚みは8センチで、内側には引き手、ノブはありません。
扉には爪があってガシャンと閉めることで鍵がかかり、さらに表から冠抜きをかけてるわけです。だから二重になってるんですね。だから中から外に出るのは無理。
爪を落とすための鍵は、すべての房が共通です。
和泉 そう、この鍵が曲者でした。今回の話はバディものなので、二人で脱獄しなくちゃいけないんです。奈良監獄は鍵が1種類なので、これさえあればどこの部屋でも開けられますが、鍵を盗むのが結構大変で。
前畑 大変ですよね。
和泉 そうなんです。とても辛かったです。
規律の正しさも脱獄の障壁に
前畑 本の中にも出てきますが、受刑者の方が自分の舎房から工場に行って作業される時に、「カンカン踊り」っていわれる動きをされるじゃないですか。あれも、鍵を作られたりしたら良くないっていうことですよね。
K もちろんそうです。検査するため。検身所っていって、体を調べる場所があったんです。工場から部屋に入る時には、全部検査をして中に入れる。工場にはなんでもありますからね。なんでも作れます。ですので、不正物品を作っていないかとか、調べるんです。
前畑 これも脱獄のひとつの障壁だったんじゃないですか?
和泉 以前、前畑さんにカンカン踊りの話を聞いたとき、「あれは道具を持って出入りしていないかを調べるためでもあるけど、心を折るためでもある」っておっしゃってて。この解釈をどうしても使いたいと思って、作品の中でも入れました。
前畑 あと、受刑者の皆さんの動きが若干軍隊っぽいじゃないですか。
K そうですよね。整然と規律を維持していこうとすると、そうなっちゃうんですよね。
前畑 みんな決まった動きをさせることで、何か悪いことをしてる人が、その一定の動きからどこかエラーが出るというか、見つけやすくなるという要素もあるんですよね。
K そうですね。何か悪いことしようとすると、きちんとした動きがみんなと同じようにはできない。肘が曲がっているとか、指先が伸びていてないとかね。
和泉 その規律の正しさで、書いていて一番悩んだのが、私語厳禁のルールです。
前畑 はいはい、ありますね。受刑者同士は一切だめなんですか?
K いや、一切ではないですよ。余暇時間とか休憩時間とか、そういった時には普通にはお喋りもできます。でも作業中っていうのは、自分の刑期をきちんと真面目に努めるっていうのが原則ですから、それを雑談しながらというのはだめですよね。
でもそれは一般社会でも一緒じゃないですか。雑談しながらだと怪我をしたり、能率が上がらなかったりして全然良くないんで、作業中は私語厳禁です。
前畑 なるほど、全く喋れなかったら辛かったんじゃないですか。
和泉 そうですね。バディなので親しくならなくちゃいけないので、会話0だと話が始まらない。本当はダメなんだけど喋っちゃうよね、みたいな言い訳をして喋らせてます。
職員も受刑者を選べない、受刑者も職員を選べない
前畑 和泉さんは実際、この本を書くまでで刑務所に接点ってなかったんじゃないですか?
和泉 全然なかったですね。あ、でも、家から比較的近いところに、横浜刑務所という大きな刑務所があります。ただ、ちょっと近寄りがたくて怖いなと思っていました。
K それは怖いと思います。犯罪者しか入ってないとこなんで。
前畑 刑務官の人も怖いイメージありますしね、スキンヘッドだったり(Kさんを見る)。
和泉 とんでもない! Kさんはとても優しいです!(笑)。
K 退職してからもう3年以上経つんで。
前畑 3年前まで現役だったんですよね。でもきっと違うんでしょうね、受刑者の前だと。
K よく言われたんですよ、家族からは目つきが悪いとか。今やっと普通のおじさんに戻りました。
前畑 でも大変なお仕事ですよね。相手も人間なわけじゃないですか。しかも特殊な環境で対峙する。すごく気を使う仕事だと思います。
K 職員と受刑者という立場の違いもあって、信頼関係もなかなか成り立たないんですよね。
和泉 受刑者の方と、気が合うとか合わないとかはあるんでしょうか。
K 職員も受刑者を選べない、受刑者も職員を選べないっていうのが大前提なので、合う合わない、というふうに考えたことはないですね。
受刑者がきちんと真面目に自分の刑期を務め上げられるように、そしてその中できちんと被害者とか自分の家族のことを考えながら、真面目に務めてもらうもらうっていうのが、我々刑務官、現場についている職員の考えです。
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旧奈良監獄では「奈良赤レンガフェスティバル」を10~12月の間、期間限定で開催しています。
美しいレンガ造の正門の内部や史料館や前庭などをご見学いただく元刑務官のガイドツアーなどを毎週日曜日に実施しています。
くわしくは旧奈良監獄のHPから。
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