先日、星野リゾートによって日本初の「監獄ホテル」として生まれ変わることが発表された旧奈良監獄。10月8日、9日の二日間、刑務所などの矯正施設の取り組みの紹介や、受刑者が制作した製品の展示販売などを行う、奈良矯正展が行われました。
『奈良監獄から脱獄せよ』を執筆した和泉桂さんが、奈良監獄にも詳しい産業遺産コーディネーターの前畑洋平さん、元刑務官のKさんと登壇したトークショー。本ができてからの珍エピソードも飛び出した第三回をお届けします。(全三回)
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前畑 刑務所シリーズの第二作もぜひ書いていただきたいです。
和泉 また脱獄しなくちゃいけませんか?(笑)
前畑 まだ日本中にいろんな刑務所があるんで。
和泉 さすがにもう取材させてもらえないかも……。
この本を書くにあたってお世話になった奈良拘置支所のIさんに、先月、本ができた後にご挨拶に行ったんです。そしたら、「もし脱獄の仕方がすごく詳しく書いてあったら、この本は刑務所への差し入れができないブラックリストに入るか、脱獄するところを墨塗りにして渡すか、どっちかですね」っておっしゃって。
前畑 いやでも、法務省のブラックリストに載るなんて、狙ってもできないですからね。
和泉 この本の巻末に参考資料やお世話になった方のお名前を載せるページがあるんです。そこに奈良拘置支所もぜひ載せたいと思って進めていたんですが、最後の最後、もう校了という時に、Iさんからメールが届いて。「刑務所の役目は受刑者を更生させることですが、この話の二人は脱獄するから更生していませんよね。主人公が更生してない話に協力するのは法務省としてまずいので、削ってください」と。それで、ものすごくお世話になったにも関わらず、お礼の言葉ひとつ入ってないんです。
でも言われてみれば確かに、主人公は全く更生していない。むしろ本人は作中でずっと「更生なんかしない」って誓ってるくらいです。彼は冤罪で捕まっているからなんですが、更生してなくてすみませんって思いながら本を出しました。
前畑 いやでも、対応されたIさんはきっと、毎晩寝る前に葛藤してたでしょうね。
K 私ならその相談は受けたくなかったな(笑)。
前畑 でも結局今日このトークに出てくださって。
和泉 ありがとうございます、こんな危険なトークに参加してくださって。
前畑 やはり退職されてるからこそお話いただけた裏話とか、ご苦労されたお話も聞けたので、すごく面白かったですよね。
最新の刑務所から脱獄するとしたら?
前畑 今回テーマになった奈良監獄は、かなり古い刑務所が奇跡的にそのまま使い続けられてたっていう、非常に稀な場所だったんですけど、最新の刑務所はまた全然違いますもんね。
K 扉の作りひとつからしても全然違いますし、特に違うのは明るさ。ここも明治時代の建物の割には明るいんです。高く天窓をとって光も入るようにして、当時では画期的な建造物だったと思います。ですが、今はもっと明るくなってます。
刑務所って多分暗いイメージがあるとは思うんですけども、房の中も非常に明るい。
前畑 そうですよね。堅牢感が上がってると思うんで、ぜひ和泉さんに脱獄チャレンジをしていただきたいな、現代の刑務所も。
和泉 でも、現代の方がいろんな器具があるので、脱獄できるんじゃないですか?
前畑 近年の刑務所は、民間企業とコラボしてるところもあるんですよね。
K 警備会社のアルソックさんとかね。
和泉 それを伺って、脱獄へのハードルが一気に上がりました。
前畑 最近、ファミレスでロボットがご飯を運んできてくれるのって結構よく見るじゃないですか。以前、民間企業と協力している島根あさひ社会復帰促進センターに見学に行った時、ロボットがご飯を運んでたんですよ。ファミレスより遥かにでかいトレーをたくさん載せていて。スターウォーズの世界みたいでした。
K 島根あさひ社会復帰促進センターは受刑者にGPSをつけていて、その人が館内のどこにいてるかもすぐにわかるようになっているって、見せていただいた記憶があるな。
前畑 明るいから結構見通しもいいんで、脱獄をするにはちょっと大変かもしれません。
和泉 GPSが強敵ですね。
脱獄させたい作家VS脱獄させない刑務官
和泉 奈良監獄は昔、職員のために「奈良監獄報」っていう社内報みたいのを出していたんです。そちらが東京の矯正図書館に残っていたので読ませていただいたら、集団でご飯を食べる時はここから配りなさいという記述がありました。作中で食器口からご飯を出し入れしているシーンをたくさん書いているけど、実は集団で食べてるのか? と混乱してしまって、奈良拘置支所のIさんにメールで相談したんですよ。そうしたら、「もうよくわかんないから食器口でいいと思います」って。
前畑 Iさん、ちょっとめんどくさくなってきてますね(笑)。でもお昼はみんなで食べますもんね。
K そうですね。お昼は工場で作業をしてるので、みんなで一緒に食べる。
和泉 ほかにも顔を洗う時の洗面所を待つ場所とかも書いてありました。だけど、奈良監獄って独房に水道設備がありますよね。そこでもすごく悩みました。
前畑 おそらく出房した後の実習場にいる時のルールと、部屋でのルールがまた違うんですよね。
和泉 そういうのを繋ぎ合わせていくうちに身動きが取れなくなって、Iさんにいろいろ相談してしまったのですが、最後は「フィクションなんだから好きに書いていいと思いますよ」ってお返事が来ました。
前畑 でもそれ、ある意味励みになったんじゃないですか。
和泉 はい、それで一気に楽になりました。奈良監獄のいいところは、昔の建物がほぼそのまま残っていることで、綿密に取材ができるんです。だけど、逆にそれは大きな制約にもなって、なるべくリアリティのある逃走にしないとまずいというプレッシャーがかかりました。万が一、本を読んでくださった方が見学に来られて、そのときに「あれ、脱獄できないよね?」ってがっかりされるのは絶対に避けたかったんです。
前畑 でもお話を聞いてると本当にしっかりと調べていますね。刑務所ってネットで検索しても出てこないことの方が圧倒的に多いのに。
和泉 刑務所から脱獄するなら、壁を掘るとか床を掘るとかをまず思いつくと思うんですけど、最初に取材で見せていただいた時に、壁はレンガの上に漆喰を塗ってるから削るのは無理だよって言われ、床も、床板を外してあるところを見せていただいたんですけど、床下もかなりしっかり組んであって、穴を掘っても出口がないんですよ。だから床も無理だよって言われて。
前畑 その戦い、見たかったですね。刑務官さんと脱獄をなんとしても成功させようとする作家さんの戦い。
和泉 「ここはどうですか?」「無理」「ここならどうですか?」「無理」って、どんどん可能性を潰されていくんです(笑)。
前畑 結果、どこから脱獄したのかは、ぜひ読んでいただきたいですね。
和泉 ですね。そこからなら行けるかもしれないって、前畑さんと見解が一致したんですよね。
前畑 そうですね。僕も実際、ちょっと試しにそこに行ったことがあって。ここは行けんじゃないかなと思いましたね。
和泉 ぜひ読んで、楽しんでいただけたら。
ある意味では学校のような役割も
前畑 和泉さんが今回の本の取材を通して、「刑務所って思ってたの違うな」など印象が変わったことがあれば、ぜひ教えてください。
和泉 自分のイメージでは刑務所って、「危険な猛獣を檻に閉じ込めておく」ような、犯罪者を隔離して、おとなしくなるのを待つ施設なのかなと思っていたんです。だけど、実際には更生にすごく力を入れていて、社会に復帰することを大事にしていると知りました。
K そうなんです。しっかりと刑務所の中で更生をしていただいて、再犯を犯さないようにしてもらいたいっていうのが、大きな願い。
前畑 確かにそうですよね。受刑者の方が人生の中で得れなかった、教育とか情緒を育む機会を、刑務所が代わりに作ってるっていうのはありますよね。
K 作業を通じてしっかりと教育して、社会に出ていって、もう二度と帰ってこないというのが一番の願いですよね。
前畑 実際、僕もこのガイドツアーとかのお仕事をやらせていただいてて驚いたのが、ツアーにたまに、ここを出所された元受刑者の方も来てくださるんですよね。
そういった方にお話を聞くと、「ここが俺にとっては学校みたいな場所やから」って。卒業生が母校に行くみたいな、何かを学ぶ場所だったと実感します。
刑務所を知るきっかけが世の中にあった方がいいなとすごく思ったんですよね。今回の小説を通じて、刑務所を知ってもらうひとつの新しいドアができたっていう意味では、僕もすごくありがたいと思っています。ですのでぜひシリーズ化していただいて。
和泉 ありがとうございます。じゃあ、またちょっと脱獄のヒントをいただけたら。
前畑 もしくは監獄BLとか。
K 最初BLと言われてもわからなかったんですよね。ボーイズのラブ。
和泉 刑務所的にはどうなんですか?
K 刑務所的にはないですよね。
和泉 ええ……ないんですね……。
K 一緒の布団に入ったら、それでもう反則です。
和泉 その時点で危険すぎるシチュエーションですよね。
前畑 雑居房だったら、寝返り打って入って、とかあるかもしれない。そういう時にどうやって注意されたとか、色々聞きたいとこはまだまだありますけど、ちょっとお時間が迫ってきてしまったので……。今日は本当にありがとうございました!
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旧奈良監獄では「奈良赤レンガフェスティバル」を10~12月中の間、期間限定で開催しています。
美しいレンガ造の正門の内部や史料館や前庭などをご見学いただく元刑務官のガイドツアーなどを毎週日曜日に実施しています。
くわしくは旧奈良監獄のHPから。
奈良監獄から脱獄せよ
8月23日刊行の、和泉桂さん初めての一般文芸作品『奈良監獄から脱獄せよ』の試し読みをお届けします。
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