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文化系ママさんダイアリー

2008.03.15 公開 ポスト

第五回

「駅の名前を全部言えるようなガキ」に育ててみたい!堀越英美

 喫茶店で赤子に授乳していたら、ラジオから小学生向けの文学賞を受賞したらしい男子小学生のインタビューが聞こえてきた。

「このような賞に選ばれたことと、本に載ってたくさんの人に読んでもらえる機会を与えてもらえたことをうれしく思っております」

 声変わり前の少年に似つかわしくないしっかりした口調に思わず感心。さすが小学生のうちから小説を書けるような子は違うのう。

「傷ついた人や元気のない人に寄り添えるような、そんな小説を書いていきたいですね」

 大人びすぎて逆に面白くなってきた。赤子に聞き取り能力があったら、乳をブーと噴き出していたかもしれない

「あーあ、いいな」と思うわけです。何がって、この子を育てている親御さんが。私もこんな、昭和の教育風刺映画に出てくるような、こまっしゃくれ界のこまっしゃくれチャンピオンのような子供を育ててみたい。「傷ついた人に寄り添いたいですね……」とか娘が言う横で、「寄り添うて、君まだ扶養家族だろう!」とゲッタゲタ笑い転げながら突っ込んでみたい。「駅の名前を全部言えるようなガキにだけは死んでもなりたくない」は三代目魚武濱田成夫の詩集のタイトルだが、今「駅の名前を全部言えるようなガキ」は、実際問題かなりかわいいのではなかろうか。駅の名前といわず、妖怪の名前でも落語でも、なんでもいい。生活にまったく必要のない語彙を無駄に蓄えた子供のそこはかとない間抜けさを、思う存分愛でてみたい……。

 子供が勝手に早熟に育ってくれればいいのだが、親の意思で子供を物知り博士に育てるには、やはり早期教育が必要ということになる。とはいえ早期教育は現代の育児界ではいささか評判が悪い。普通の育児書には、「いずれ覚えることを早めに教えても意味がない、そんなことより体や心の成長を大事にしましょう」とある。早期教育というと、目を三角にした教育ママゴン(死語)が嫌がる子供に無理やり詰め込み教育をほどこしているイメージ。独身時代、そんな場面に出くわしたこともある。レストランで隣り合わせたひっつめ髪の上品なお母さんが3歳児を怒鳴りつけていて、何かと思えば60以上の数字を言わせようと必死に教え込んでいるようなのだ。

「1,2,3,4に60をつけるだけじゃないか。簡単だろう! どうして言えないんだ!」
「いいかあ、60を私が言うから、後について1,2,3,4と言ってみろ」
「60」
「1」
「60」
「2」
 ・
 ・
 ・
「60」
「9」
「言えるじゃないか。じゃあ61から言ってみろ」
「…………」
「バカ、のろま!」
「…………(半泣き)」
「言えばすぐに終わるのに、なんで言わない! 時は金なりって知ってるか!」

 知らないだろうねえ、3歳児は。

 確かにあんなお母さんにはなりたくない。うん、早期教育なんてやっぱりよくないネ。子供は元気はつらつが一番……。しかし、仕事をしながら子供を育てていると、「子供をほったらかしにして仕事しているうちに、あたら成長の芽をぶちぶち踏みつぶしてしまっているのでは」と不安にかられるのもまた事実。不安なので仕事を放り出して早期教育について一通り調べてみたこともある。そんな暇があるなら子供に向き合えば、という突っ込みが聞こえてきそうだが。

 結論。早期教育は魔窟である。ESPだの波動だの、見るからに怪しいワードが当たり前のように出てくるのだ。超能力とはいかないまでも、眠っている右脳を開発しましょうなんて言い草はざらにある。「子供は右脳の働きが活発だからひらがなより漢字のほうが覚えやすい」と主張する早期教育の某カリスマは、「絵本はすべて漢字に書き直しましょう」「家の中にあるものすべてに漢字のカードをはりつけて覚えさせましょう」と指南する。いやだなあ、そんな呪符だらけみたいな家。

 まともそうな早期教育キットを見つけても、平気で100万円近い価格がつけられている。子供が天才に育った場合のリターンの大きさを鑑みれば、100万円くらい安いと思う親も多いのだろう。面白そうだからこまっしゃくれた子供に育ててみたいというモチベーションで払える金額ではないけれども。

 早期教育を啓蒙する育児書の口調もなにやら恐ろしい。「幼児期の子供を放っておくのは犯罪と同じ」「『特別なことはしなかった』は子供が立派に成長したときに言うセリフ」「親に放っておかれた十歳の子供にはもう道がない」といった体の脅し文句がちらほら。親に放っておかれて育った身としては肩身が狭い。道がなかったとは知らなかった。今いる場所は、じゃあなんなんだろう。

 そういえば、私の実家にも一冊だけ育児書があった。『女の子の躾け方ーやさしい子どもに育てる本』(浜尾実・著/カッパ・ホームス)という、皇太子の養育係が書いたというふれこみで70年代にベストセラーになった育児書だ。子供の頃、自分はどんな教育方針で育てられているのだろうと覗いてみたことがある。うろ覚えだが、「女の脳は理数系を理解できない。理系科目を勉強しても無駄だから文系科目だけ教えよ」「女らしさを身に着けるために男女別学にすべき」「女の本分は育児と家事だから仕事を持つなどもってのほかだが、夫の仕事の大変さを理解させるために結婚前の数年間だけ仕事をさせておいたほうがよい」というような内容でドン引きしたっけ。

 結果、育ったのが自分であることを考えてみれば、育児書の無駄さがよくわかるというものだ。親が何を画策しようとも、子供は育つようにしか育たないのだろう。がんばって駅の名前を教え込んでも、親とは似ても似つかないギャルになるかもしれない。待てよ、「駅の名前を全部言えるようなギャル」はそれはそれで面白いのでは……。いやいや期待は禁物。私が親の期待をうっかり見送り三振したように、期待が裏切られる可能性のほうがはるかに高いのだから。我が子よ、母はもう口出しはすまい。君の好きな道を歩むがいい。でもできれば、なるべく面白い道を選んでね。 

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文化系ママさんダイアリー

フニャ~。 泣き声の主は5ヶ月ほど前におのれの股からひりだしたばかりの、普通に母乳で育てられている赤ちゃん。もちろんまだしゃべれない。どうしてこんなことに!!??

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堀越英美

1973年生まれ。早稲田大学文学部卒業。IT系企業勤務を経てライター。「ユリイカ文化系女子カタログ」などに執筆。共著に「ウェブログ入門」「リビドー・ガールズ」。

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