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文化系ママさんダイアリー

2008.02.01 公開 ポスト

第二回

「命名の仕儀」の巻堀越英美

 幻の銀侍、芽凸、速さ、煮物、愛子エンジェル、爆走蛇亜、黄熊(プー)、苺苺苺(まりなる)……。

 何事かとお思いでしょうか。これ全部、最近の子供の名前らしい。2ちゃんねるに投稿されていたものなので真偽は不明ながら、実在するであろうパワーを感じさせる言霊群。「愛子エンジェル」の爆発力を前にしては、押尾学の息子の名前「りあむ」がかすんで見える。むしろ全然普通の名前じゃないですかね。同名の人いるしね。確か外人だったけど。愛子エンジェルに対抗するには押尾コバーン太郎ぐらいじゃないと。

 というわけで、子供の名づけの話である。呉智英が産経新聞に寄稿した「難読名の子供は偏差値が低い」という主旨のコラムの中で、無理な読み方をする名づけを「暴走万葉仮名」と命名していたが、たまひよの名前ランキング1位が「大翔(ひろと)」だったりする現在、むしろ難読名はスタンダードといっていい。それより「速さ」ですよ。人の名前としてこれを思いつくのは逆にすばらしくセンスがいいんじゃないか。不条理演劇の登場人物のようである。「煮物」もじわじわといい。何を思ってこれを自分の子供の名前にしようと思ったのか、いくら考えても何も見えてこないところが。名づけ2.0と呼びたい。

 他人の子供なら面白いが、自分の子供に名づけ2.0を施したいかというとまた別の話になってくる。名前でうらまれた挙句に放火でもされたらたまらない。他のことはともかく、名前は100%親の責任だからねえ。「エビちゃんにちなんでエビってつけよーぜ」「ガンダム好きならアムロでいいじゃん」と知人は好き放題言うが、子供の名前で面白を目指す気は毛頭ないのです。

 まず最初に考えたのが「木綿子(ゆうこ)」。久生十蘭の小説「キャラコさん」にちなんだ名前だ。古式ゆかしい雰囲気もいい。木綿の下着を愛するキャラコさんのように質実剛健、才気煥発、親切で明るく健全な少女に育ちますように……。しかし2ちゃんねるを見ると「子供の同級生に木綿子っているんだけど豆腐みたいで変じゃね?」という投稿が。豆腐じゃないよ! 昔からある名前だよ! 浜木綿子って知らない? 尼さん探偵シリーズ。知らないか、若いお母さんは。つい先だって出産した某芸能人が「りう」という名前をつけたときも、「リウマチみたいで変」という突っ込みを入れている人を見た。江戸時代からある名前なのに。

 新奇すぎてもダメ、伝統にのっとりすぎてもダメ。こうしてみると名づけは意外に難しいミッションである。とりあえず自分の好きな作品にちなむことにこだわるあまりオタクっぽい名前をつけてしまうという、文化系の人間が陥りがちなワナは避けたい。いくら「ガンダム」が好きだからって、金髪碧眼ならざる我が子に「聖羅」と名づけたらのちのち恨まれること必至。「三国志」が好きだからって、「呂布子」もダメだろう。強そうだけど。名前に親の思い入れなどいらないのです。識別子として有用でありさえすれば。というわけで、設定した条件。

1.小学生でも書きやすい
2.読み方に迷わない
3.電話口で漢字を説明しやすい
4.パソコンで一発で変換できる
5.さんすうセットに名前を一つ一つ書く時にめんどくさくない。
6.珍しくない
7.クラスでかぶらない程度には平凡すぎない
8.おばさんになってもおかしくない
9.体型がドムでもおかしくない
10.名前の由来を聞かれたときにそれらしい説明ができる程度には意味がある

「菫(すみれ)」ってかわいくない? と夫婦そろって盛り上がりかけたことがあったが、1と9に抵触するのでこれはナシ。ちなみにこの「菫」、クイズ番組「ネプリーグ」でアナウンサー5人全員が読めなかった意外な難読漢字である(※1)。名前をつけた後に見たのだが、あやうく難読名をつけるところだったと胸をなでおろした次第。名づけの道は落とし穴だらけ。

※1 ただ1人、音読みで「きん」と正答した女性アナがいたが不正解とされていた。薄田泣菫(すすきだ・きゅうきん)も文字通り草葉の陰で泣くしかない。

「栞(しおり)」はどうか。本好きの子供にふさわしいし、響きもかわいい。「本に挟まれた薄っぺらな人生を送りそうじゃね?」と夫。そう言われるとイヤだね、確かに。

 鉄道好きの夫が提案したのは「梓(あずさ)」。もちろんJR東日本の特急の名前。弟が生まれたら「かいじ」にしよう、とノリノリだ。胎児の自主性を尊重して胎動のレスポンスで決めてみることにしたところ、何度呼びかけても「YES」の反応(こっくりさん方式です)。あらあら子供も鉄道がお好き? じゃあこの名前で……と思いきや、親戚に同姓同名がいることがわかり、あえなく却下。

 そうだ、おしゃれ有名人の名づけを参考にしてみよう。某ほっこり系ママさんクリエイターの娘さんは、「小」の代わりに「胡」を使ったかわいらしい響きの名前だ。個性的でもあるし、「胡蝶」「胡弓」を連想させる字面もいい。さっそく「胡」の意味を調べてみると、

「あごひげが長い人」。

 え。

「漢民族が、中国の北部や西部の異民族(とくに遊牧民族)を卑しんで呼んだ言葉である」。

 つまり、「やーいあごひげが長い人ー」とバカにするためのあだ名がそのまま民族名になり、その民族の文化が「胡弓」などとして今に伝えられているのですね。何も漢和辞典まで調べてバカにする人はいないから別に問題はないだろうが、知ってしまった以上もはやこの漢字は使えない。女の子だし、名前パワーであごひげが長くなったら困るもんなあ。

 広大な名前空間から一つ選べばいい、ただそれだけなのになんて難しいんだろう。安売りベビーカーを買いにコストコに出かけたとき、「もうここで産気づいたら『コスト子』にしちゃおうかしら」とまで思いつめたのは、我が子には内緒にしておきたい母の秘密だ。

 悩みに悩んでどんな名前にしたか、それは赤子のプライバシーを尊重してここには書かないが、結局特別な思い入れのない、当たり障りのない名前になった。最終的にオタクっぽい名前でなければいいや、と消去法で決定した結果だ。そんな適当な名前で保険証などが届いたりすると、なんとはなしに申し訳ない気持ちになる。おぼつかないセンスで人一人作っちゃってすみません、という感じだ。

 そんな平々凡々たる我が子の名前だが、その後ほぼ同姓同名のアニメ声優がブレイク。あんなに考え抜いたのにオタクの呪いからは逃れられないのか……。結果的に運命を感じさせる名づけとなり、よかったのか悪かったのか。 

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フニャ~。 泣き声の主は5ヶ月ほど前におのれの股からひりだしたばかりの、普通に母乳で育てられている赤ちゃん。もちろんまだしゃべれない。どうしてこんなことに!!??

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堀越英美

1973年生まれ。早稲田大学文学部卒業。IT系企業勤務を経てライター。「ユリイカ文化系女子カタログ」などに執筆。共著に「ウェブログ入門」「リビドー・ガールズ」。

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